Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

PCR積極派と抑制派の議論を整理する

 ネット上では、PCR検査を韓国やドイツのように積極的に行ったほうが良いとする意見があると同時に、現状日本政府が進めている感染者との濃密接触者や肺炎等の症状が明確な人に絞るのが良いという意見が出ている。

 両者の間では感情的であると思えるほどの対立がみられるが、双方の意見を見ていると私には基本的に違いがないようにも思える。双方とも、最終的な狙いは新型コロナウイルスによる死亡者を最小に抑制することである。一部、メディアに登場する自称専門家が言うような検査のための検査(例えば感染していないことを確かめるための検査)まで主張しているわけではない。そして、方法論として積極派は、軽症時(あるいは無自覚時)に早期隔離をすることにより感染の拡大が防げると主張している。誠に正しい方法論だと思う。これを推進する人は、研究者タイプの人が多いように感じている(生物学者や物理学者等)。一方の抑制派は現場で担当している救急医等が多いように思うが、医療崩壊を起こさないようにするためには、重症者のみを検査したほうが良いというものである。私は、医療崩壊を何よりも防ぐべきだと考えているので、その趣旨もよくわかる。

 

 例えば、韓国やドイツでは多くの検査を行うことで、必ずしも医療崩壊していないのも事実である。韓国の場合には、徴兵制度に基づく軍関係の医官および非常時に強制的に招集される医療関係者(公衆保険医)の制度があり、大邱の感染爆発では1000人近くが招集されたとされる(韓国でコロナ検査「世界最大級」のウラで医師が「動員」されていた!(崔 碩栄) | マネー現代 | 講談社(1/5))。日本で言えば、東京に2000人レベルの新たな医者が呼ばれたということであり、非常事態でもなければ考えられないほどの人員を投入していることがわかる、ちなみに、未だに大邱の酷い状況は改善されておらず、医師たちからは疲労等と精神的なダメージによる医療崩壊の話が出ているようだ(【時論】「最前線」大邱で新型コロナと戦ったこの1カ月=韓国 | Joongang Ilbo | 中央日報)。もちろん、日本でコロナウイルスに直面する多くの医療関係者の疲労も近いものがあるだろう。MERSのエピデミック時に構築したシステムがうまく機能したのではないかと思う。日本には、残念ながらそれはない。

 ただ、現在の韓国のPCR検査方法が日本と同様に重症者のみに限定されていることはあまり大きく報道されていない(新型コロナウイルスに対する韓国の検査方針の経緯について|yota8|note)。日本ほど厳密かどうかはわからないが、基本は4日間の自宅安静を経て受けられるという状況なので、3/1以降は日本のスタイルと現在は変わらない。また、感染爆発した新天地の信者の大部分が若者だったため、死亡者が少ないのではないかという意見もある(「日本はPCR検査を積極的に行わないので、新型肺炎の致死率が高い」は大間違い。 | 五本木クリニック)。どちらにしても、検査方法を変えてから韓国の感染者数の増加は一気に落ちた。もちろん、その後再び感染爆発が生じたという話はない。死亡者数は日本よりも多いが、感染者数は安定している(人口あたりで考えると増加しつつある日本と同じくらい)。

 

 むしろ、今積極的にPCR検査を行っているのは世界中で、アメリカとドイツ(新型コロナ死亡率低いドイツ 徹底検査と医療体制奏功 (写真=AP) :日本経済新聞)であろうか。確かにドイツの致死率は低く抑えられているが、日本でも積極的なPCR検査を行えば同様の傾向が出てくると思う。重要なのはPCR検査を行った後の隔離であり、それが機能して更なる感染拡大や死者数が抑えられているとすれば、ドイツの方法が優れているという証拠になるだろう。ただ、ドイツで発見される感染者数は毎日4000人以上のレベルで歯止めがかかっているかどうかはわからない。また、死者数も3/30現在で645人と他の欧州諸国よりは低いものの数としては少なくない。

 だからこそ、今後の推移を見ないとPCR検査を徹底したことが良かったのかは判断できないと考えている。検査数が多いために検査数あたりの死者数(これが死亡率として使われる)は少ないが、総人口あたりの死者数は日本と比べると、現時点では人口当たりでは日本の15倍以上とかなり多い。日本で死者数の大幅な隠ぺいを信じている人はいないと思うが、本当に日本で発表数の15倍以上のコロナによる死者がいると思うのだろうか。もちろん、今後どうなるかはわからないが。

 アメリカの場合にはニューヨーク州を中心に感染もどんどんと広がり、死者数の増加にも歯止めがかかっていない。これはPCR検査を行っても、適切な隔離ができていないか、感染爆発してしまった後なのでPCR検査と隔離の効果がなかったということになるだろう。実は、イタリアも当初全ての人にPCR検査を実施しようとして、却って感染を広げてしまった(韓国・イタリアで医療“崩壊”地獄 無防備なPCR検査で医療従事者の感染招く 医師・村中璃子氏寄稿:イザ!)と反省し、途中より重症者のみの検査に変更している。もっとも、イタリアでは医療崩壊が進みそれどころではない状況にある。フランス等も重症者のみにPCR検査を絞るという報道があった(フランスで新型コロナウイルス感染拡大:「過剰に恐れず、重症者を守る」対策方針 日本との違いは?(市川衛) - 個人 - Yahoo!ニュース)。スウェーデンも日本と同じような対処をしているらしい(Corona in Schweden: Das umstrittene Krisen-Konzept ohne Verbote)。

 

 さて、一昨日あたりのエントリでPCR検査の精度は低くないという情報(RTPCRをしたことのない人の勘違いについて書いてみた - 生物学博士いいなのぶっちゃけていいっすか?)を取り上げたが、これが現場にいる医師との体感がすごく異なっていることが気になっている。最初にも触れたように、検査技師側からすれば完ぺきに近いはずのPCR検査が、なぜか現場で働いている医師からはそれほど信用されていない(今日から新型コロナPCR検査が保険適用に PCRの限界を知っておこう(忽那賢志) - 個人 - Yahoo!ニュース)。専門家ではない私個人の印象としては、偽陽性がそれほど高く出るとは思わないが、偽陰性がある程度は出てくるのではないかと思っている。というか、現場の医者の感覚を信じたい。PCR検査を専門家が研究室で行えば99%になるはずのものが、臨床では扱い方や検体の取り方等で精度が落ちる(体感で70%)。きちんとできていないからと言うことになるが、それができない現実があるとすれば現実に合わせて判断すべきだと思う。ラボでの精度が出せないのがおかしいと言っても意味がない。また、回復後の再陽性の話がちらほら出ている(韓国、新型肺炎完治者5000人超えたが相次ぐ再陽性 | Joongang Ilbo | 中央日報)。PCR検査の精度に由来するのかわからないが、少し不気味ではある。

 また、PCR検査は誰にでも扱えるものではない(医師でも知らなければ扱えない)。そのための人員がどれだけいるのかと言う問題もある(お律 on Twitter: "コロナ報道とPCRと検査技師の動画作った… ")。行政がそういう人員を削ってきたという問題もあるだろうが、何がネックになっているのか早急に確かめて、増強する必要がある。民間企業等の参入も図ることが重要だろうが、それでもさすがにいくらでもできるというのは今の日本では難しそうな気がする。今のままで単純に行えば医療関係者が疲弊するのは目に見えている。もっとも、理化学研究所が開発したスマートアンプ法(神奈川県衛⽣研究所と理化学研究所が開発したSmartAmp(スマートアンプ)法を利⽤した新型コロナウイルスの迅速検出法が、本日から⾏政検査で使⽤でき、近日、保険適⽤される⾒込みです。 - 神奈川県ホームページ)が広まればもっと検査可能だと思うので、そろそろ検査数を増やした方が良いと思うことについては少し前に書いた。

 また、一部で出されているPCR検査を大量に行えば医療崩壊するという意見については、直接的にはPCR検査が医療崩壊につながるとは思わない。検査技師が過労でダウンするとか、検体採取に割ける医師の数が限られるとか、ドライブスルー検査を行うのは東京都心部では難しいとかはあるだろうが、いずれも決定的ではないと思う。だが、限定されている医療リソースをどこにどの程度配分すべきかと言う問題を考えた時、間接的には医療崩壊の引き金にはなるかもしれない。この際だから、それをどのように増強するかの議論は必要だろう。

 

 もう一つ、隔離施設の件がある。先日、小池都知事がオリンピック選手村の活用を発表した(患者滞在施設に選手村活用も コロナ対策で小池知事 :日本経済新聞)が、民間の施設借り上げに要する時間は非常に大変なものである。その時間を稼ぐためにやむなく、クラスターつぶしに勤しんでいるという可能性も捨てきれない。こうした重大なオペレーションでは様々な要素が絡み合うため、部分的な最適行動が容易に取れないということはしばしば見かける。場所が確保できても、医療関係者の配置、生活物資の運搬方法、行動規制のルール作り、緊急搬送体制(基幹病院から離れては重症時に対応できない)などすぐにはできないことが山のようにある。

 早くPCR検査をしたくても、それを実施した時の対応策なしには突っ走れない。これは私の推測に過ぎないが、そのための準備を今しているのではないかと想像する。大量のPCR検査実施だけなら、おそらく今でも無理(動員)をすれば可能だろう。だが、本当に東京に全国の技師や医療関係者を集められるかと言えば若干疑問が残る。自衛隊を投入すれば可能かもしれない。

 

 また、無自覚・軽症の感染者がどれだけ感染を広げているのかと言う情報は馬鹿にできない。名古屋市長の河村氏の情報によると、名古屋市では80%ほどは家族にも感染させていない(河村 たかし(本人) on Twitter: "自力入力 コロナ お知らせだがね。… ")とある。もちろん、あくまで一部のケースなのでこれですべてを網羅できるとは思わないが、政府の下で感染症対策の指揮を取る押谷教授(新型インフルエンザに立ち向かう =押谷仁教授からのメッセージ= | 特集・インタビュー|東北大学大学院医学系研究科・医学部)もNHKで同様の話をしていた(4/1 14:00追記 COVID-19への対策の概念:https://www.jsph.jp/covid/files/gainen.pdf)。何らかの情報を得ているのだと思う。

 ただ、あくまでクラスターをある程度追えている段階での話でもある。それが難しくなった場合には、もう少し踏み込んだ検査体制と新たな隔離体制(軽症者を隔離する施設の準備)にシフトチェンジしたほうが良いというのが私のイメージである。今後投薬されるであろう治療薬についても、早期に用いたほうが良いのは明らかなのだから。

 

 勝手にPCR推進派と抑制派と分けて、自分なりに整理してみた。論理的には推進派の言うことはよくわかるが、現場のことを考えると抑制派がこれまで行ってきたことが間違いであるとは思えない。オペレーションはPCR検査のみにより決定されるとは限らないからだ。だが、全体像に関する情報を私は持っておあらず、あくまで推測するしかないこと。だから、そこに政治的な忖度がないことも証明しようもない。無いことを祈りたい。それが私の結論である。

 

 最後に、人工呼吸器やECMO(人工心肺)の増産に向けて日本政府が積極的ではないという話も上がっているが、どちらの機器も専門の医師や看護師が扱わなければ危険なものである(人工呼吸器って難しいの?)。特に人工心肺は複数の医療関係者が関与しなかればならない。現在の医療リソースで扱える範囲の増産は既に動いている(人工呼吸器の増産や輸入働きかけ 経産相 新型コロナウイルス | NHKニュース)と思うが、それ以上を増産(確保)しなければならないということは、レベルの落ちる医療体制(不慣れな扱い、専門外の医者の投入)でもないよりはましという状況の想定になる。

 もちろん最悪を常に頭に入れておく必要があるが、今の医療リソースで処理可能な状態に抑えるのが何より重要だとは思う。何故だかわからないが、日本の感染者(というよりは死亡者)の伸びが欧米よりも緩やかである。この幸運を、最大限生かしてほしいと願っている。