Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

アンチ政権が韓国擁護になってしまう悲しさ

 朝日新聞や日経グループなどが韓流ブームをなんとか広げようと頑張っているようだ((be report)韓国文学がいまブーム 活躍めざましい女性作家たち:朝日新聞デジタル韓流ブーム、次は「K文学」 ポップな面白さに共感|エンタメ!|NIKKEI STYLE)。こうした報道の裏側に、韓国政府などが準備した広告宣伝費がどの程度含まれているのかはわからないが、すごく小さな市場が広がると拡大率が大きくなることを根拠にしているのではないかと思う。嘘をついているわけではないが、大部分の人が実感できないことではないかと思う。確かに、電車等の出版広告で韓国人の著作広告を見たこともあるが、それが大きな話題となっている実感はない。

 これらは、一種ブームの仕掛け人が流行を生み出そうとしているパターンによく似ている。K-POPの仕掛けなどにおいても、オリコンのランキングやyoutube視聴回数の報道を煽ることでヒットしているという雰囲気づくりを行ったのは多くの人も知っているであろう。

 

 ただ、こうした活動自体を間違っていると思わないし、否定するつもりもない。仮にステルスマーケティングだったとしても、道義的にはともあれ広告宣伝活動として許容されているものであり、日本国内でも行われているありふれたものなのだから。韓国がこうした分野において日本で上げた利益と投入した費用の関係がどのようになっているのか、機会があれば調べてみたいと思う。テレビ業界等の収益モデルが崩れ始めたことに並び、チャンネル多様化時代のコンテンツ不足から価格の安い韓国エンタメが日本で重宝されたのは間違い事実である。

 だが、韓国芸能界などの一番の悲しさは国内マーケットが小さすぎることであろう。アメリカや日本には十分なマーケットが存在し、世界を目指さなくても十分に稼ぐことが可能である。もちろん、水物商売のためマーケットがあるからといって売れる訳ではないが。韓国にも国内マーケットはあるが、その規模は国力と比較してもおそらく小さい。だからこそ、国外に打って出なければならない。そして、成功のためには出来ることを全てやるというのは仕方のない側面があるだろう。もちろん、日本側からすればそれを無秩序に受け入れなければならない理由はないが。

 

 現在、日韓関係は戦後最悪と言われている(止まらぬ日韓対立、興味本位では済まない現実 | 韓国・北朝鮮 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準)。その主たる原因は韓国側にあると私は考えるが、遠回しに言えばそれを助長してきた日本にも遠因は有ろう。朝鮮半島は、確かに中国やロシアとの緩衝地帯としてこれまで有効に機能してきた事実はある。その代償として、韓国は日本やアメリカから利益を得てきた。その期間は既に50年を超えつつある。

 かつて、韓国軍事政権時代には産経新聞など保守メディアが親韓的で、朝日新聞などリベラルメディアが反韓的であったとされる。ところが、最近の報道を見るとその状況は全く逆転している。朝日新聞などは韓国の新聞かと思えるほどに、親韓的な記事を書く。だが、その理由は韓国が良いと思っているからとは限らない。敵の敵は味方とばかりに、日本政府を叩くためには形振りを構ってはいられない状況なのだ。

 

 モリカケから桜を見る会についての報道に見られる様に、良くない慣習は正せば良いと思う部分もあるものの、政策とは全く違う部分で感情のみを煽って政権を叩こうとする行動は、ネットが発達したこの時代において、むしろそれを報道するメディアの信用を落下させ続けている。同じ事は野党にも言えるが、その総動員した政権叩きのツールとして韓国擁護論が存在している。

 逆に言えば、そんな悪玉に手を出さなければならない、それすらも冷静に判断出来ないところおまで追い込まれているのか、というのが私の正直な感想である。かつて隆盛を誇った朝日新聞ですら、不動産事業でようやく息をつける状況になっている(朝日新聞、「本業」の不動産が利益の8割まで上昇 リストラと非正規社員の活用で高収益体質化 2019年3月期 | ダイアログニュース)のは、様々な場所で報じられている。

 情報産業が独占的な状況からドラスティックに変わるであろうことは、随分昔から指摘されてきたことだし、私も何度も触れてきた。その斜陽状況が、起死回生を狙って政権批判をしている。だが、その先には掴めるモノはほとんど無い。むしろ、一度掴んでしまった韓国擁護による政権叩きという前例が、朝日新聞等リベラルメディアのトドメを刺そうとしている様にも感じられる。人は、一度たった立ち位置を容易には変えられない。ましてや言論機関であるメディアが自らの主張を容易に覆せるはずもない。

 

 今、韓国という国は自らの迷走により大きな危機を迎えようとしている。東西冷戦構造はすでに大きく変質した。それ故に、韓国の地政学的価値も変動している。日本が韓国という緩衝材を無くすことについては、日本国内の防衛問題として議論が必要だが、韓国を甘やかしてでも味方に付けるメリットを今真剣に考えているところである。容易に断交すべきなどという主張には与しないが、適度な距離を置くことは現状において悪くないと私は思う。今、韓国はかつてより政権やメディアが宣伝してきた嘘が、様々なところで暴かれ始めている(反日種族主義 - Wikipedia)。かつて親日派の弁明(親日派のための弁明 - Wikipedia)が出版された頃とは風向きが違う。

 だが、こうした動きは直ぐに力を失うのも事実。それほどまでに、韓国内には日本に対抗することを是とする心理が染みついている。よく、韓国には反日本が存在しないという意見が出されることがある。だが、それは政府が代弁し、教育課程にすら取り入れられるほどに根付いているからであると私は考える。日本の様に政府が冷静で抑制的であるほどに、現実とのギャップを埋めようと人々は嫌韓的な資料を探そうとするのである。

 韓国民はともかく、日本のリベラル系メディアですらそのことを理解出来ていないのではないかと感じるのは少々滑稽ですらある。どんな時代にも、政権に批判的な人は一定数存在する。日本では、過去の選挙結果等から見ても左派のコアな潜在支持率はおおよそ10~20%はあるだろう(相当に減ったとも言える)。メディアとしては、そこに固執するのではなく幅広い支持を得たいところであるはずだが、自らの過去の行動に縛られたリベラル系メディアは踏み出せないどころか、官僚の様に自らの失敗を否定するために泥沼にはまり続けている。朝日新聞等の韓国擁護報道は、その典型的な一面を表してるのではないだろうか。

満足してしまった韓国

 韓国の理不尽とも思える日本への接し方に憤慨している人も多いだろうし、だからこそ嫌韓などという一つのジャンルが生まれたと感じているが、それでも最近の韓国を見ていると迫力が10年以上前と比べて低下している気がしている。昔から日韓のスポーツ対戦における韓国の執念を知っている人ならわかると思うが、最近の韓国の対日戦における執念には迫力がなくなった。この前の野球の国際大会であるプレミア12を見て、特にそう思うようになった。もちろん、韓国メディア上では日本に対する威勢の良い意見が飛び交っているが、どちらかと言えばはったりに近い口だけのもので、実行を伴っていないと感じている。必死さが消えたのだ。

 それは、日韓の経済的な葛藤を見ていても同じ事を感じている。韓国の日本に対する反発が実行をほとんど伴わない、あたかもファッション的なものに変化しているように思うのである。もちろん、そんな口だけでも日本人としては腹が立つのは間違いない。だが、正直子供もいたずらや我儘レベルに落ちてしまい、真の意味で韓国を脅威と感じることが難しくなっている。正直、子供の喧嘩レベルであり、根拠もなく見通しすらない場当たり的な行動には日本政府としても困っているだろう。以前は、経済的な実力が日本と比べて低かったが、その志は日本も一目置くだけのモノがあった。しかし、経済力が大きく向上した現在、むしろ志の部分で日本人が腰を引くことが減ってきた。その傾向は文政権になって特に加速している。

 

 まあ、こんなことを言っても日本自体の国際的な競争力もGDPシェアを見て分かる様に大きく落ちているので、韓国以上に停滞していると考えられる。ただ、韓国は日本に追いつけ追い越せでものすごい力を発揮してきた。日本から技術を得て(時には教えを乞い、時には盗んでさえ)自分たちの地位向上に努力してきた。これは、日本の場合にも欧米に追い付け追い越せの精神で高度成長期を築いたのにも似ている。

 日本は一時期(バブル期)「ジャパン アズ N0.1(ジャパン・アズ・ナンバーワン - Wikipedia)」の夢に酔いしれた。その後、バブル崩壊によりメンタルを叩き潰されたわけだが、少なくとも当時の日本の勢いは世界有数であった。日本の場合には、そのトラウマ故に迫力(エコノミックアニマルと呼ばれるほど)を無くしてしまい、当時の世代が完全に引退し、少なくとも代替わりするまでそれを打ち破れないのだろうと思うが、韓国はそこまで至る前に奇妙な満足を覚えてしまったように感じている。

 

 韓国の目先のライバルは、昔も今も明らかに日本である。現在の韓国では日本のことがあまり話題にならないという意見もあるが、それでもライバルは中国でもアメリカでもない。それは産業を日本から移植されたこともあり、経済形態が似ていること、先進国として先に国際的地位を得ていたことが理由である。そして、日本バブル崩壊による引きこもり時期に加え、円高という自爆プレイに助けられ(そこにはアメリカの戦略もあっただろうが)、サムスン他、いくつかの企業は明らかに日本企業を超えた。もちろん全体としては「永遠の10年(永遠の10年説 | ほーんとに余計なことbkr...)」と言われるように日本を越えられないままに時間が経過しているのだが、メディアを中心に「もう日本は敵ではない」というキャンペーン的なものが繰り広げられ、彼らのルサンチマンの一部は解消されてしまった。反日本が韓国では見かけないと言うが、一つには日本には既に追いついたという意識があり、もう一つには教育システムに反日本的な活動が既に組みこなれていることがある。韓国は反日、日本は嫌韓というのが典型的な両国民の心理を表していると見てる。

 彼らが日本に追いついたと感じた時期以降(ここ10年ほど)、彼らの日本に対する迫力は大きく低下したとみている。問題は、心理的には日本を上回ているはずなのに、実情は依然日本に負けているということであろう。そのギャップを埋めるために、様々な心理戦(正確には日本に対する嫌がらせ)をして自分を慰めているように見える。それでも彼らは、既に心理的には一度満足してしまっている状況。それ以上のモチベーションに欠けるにも関わらず、それを奮い立たせるため難癖をつけるしかない。

 

 無視し、卑下したい日本があり、その気持ちを満足させるために心の中では日本の存在を低く見ている。しかし、何かに付け日本が目の前の壁として立ちはだかる現実がある。それにかんしゃくを起こしているのが現状。そうした傾向を典型的に見せてるのが文政権の面々である。

 だからといって日本が韓国に情報する必要はない。彼らは十分成熟した国家であり、大きな経済力も既に手にしている。日本としては譲歩ではなく対等の存在として扱うのが正しい選択。そして理不尽な注文に対しては、折れることなく堂々と交渉するなり無視するなりすればよい。それは韓国の自尊心を満足され憎み立てられた、現実を十分に把握しない虚構により巻き起こされてるのだから。

過剰流動性の行き着く先

 私の予測は現時点で外れ、アメリカの株価は最高値を更新している。米中貿易協議の部分合意に近づいていることを理由とした報道(ニューヨーク ダウ平均株価 最高値を更新 米中交渉への期待感 | NHKニュース)が少なくないが、それは後付けの理由に過ぎない。仮に合意しても、アメリカと中国の根本的な対立が解消するはずもなく、トラプ大統領の選挙対策的な側面が表出したものに過ぎない。さらに、香港問題で中国がとる対抗策もまだ見えてこない。中国も対応措置を取るとの声もあるが、最終的には貿易合意を優先するのではないだろうか(中国、香港人権法への報復措置策定に苦慮か-自国への跳ね返り必至で - Bloomberg)。結局、中国も韓国も自国内の政治闘争が外交に大きな影響を与える体制のため、中国国内の面子がこうした交渉の行く末を決める。

 ところで、今年のアメリカ株価のパフォーマンスは20%近い上昇とされるが、なぜ現状において株価が上昇するのかが気になるところ。理由として、確かに一つにはアメリカの景気が非常に良いことがある。失業率は過去最低レベル(低失業率、犯歴ある人の雇用進むか (写真=ロイター) :日本経済新聞)であり、更に短期的には国民の平均収入も増えているらしい。企業の売り上げも上昇しており、ネットのみならず実在店舗の売り上げも好調が予想されている。

 

 このような状況に至っている理由は非常に単純で、金融緩和や減税が好循環を生み出しているためであるが、言い換えれば過剰流動性が生み出す恩恵をアメリカが最も受けている(米国、貿易戦争で中国より優位に-少なくとも金融市場で - Bloomberg)とも考えられる。日本や欧州の株価も比較的高いが、これはアメリカ好調の余波を恩恵として受けての結果であると考えたほうが良いだろう。とは言え、経済が好調であることは空売り主体のヘッジファンド以外の誰にとってもメリットのあることであり、それを歓迎しない人はあまりいないはずだ。

 ただ、私が危惧するのは景気とは本来循環するもの(近年の「米景気循環の法則」 2018年以降の経済リスク展望 | ZUU online)であり、低迷期を経て好調期に移るという原則である。ずっと好調機を続けること自体、日本の高度成長期のように内的要因と外的要因がマッチすれば起こり得るが、それが世界中で永遠に続くことはあり得ない。現在の好景気がトランプと言う極めて個性的な政治家により維持されているのは間違いないが、それにもどこかの段階で限界が存在する。また、株価が好調だからと言って潜在的な所得格差が解消されているわけでもない(アメリカの低所得層、苦境深まる UBS調査 世帯40%が与信上に問題 - SankeiBiz(サンケイビズ):自分を磨く経済情報サイト)。それはアメリカで民主党大統領候補者に多くの社会主義的主張をする人物が立候補していることからもわかる。

 

 過剰流動性過剰流動性(かじょうりゅうどうせい)とは - コトバンク)というある意味経済ドーピング的な政策により、リーマンショック後の経済は何とか立て直すことができた。その一翼は中国が大々的に担い、一時期は世界経済の牽引車となってきた。ただ、このように資金供給が常態化したときに来るのは通常であればインフレである。本来インフレは、需要と供給のバランスが崩れ供給が不足したときに生じるが、現在世界の生産能力は需要を上回っており、どちらかと言えばデフレが進行する可能性の方が高い。かつては一国の中で生じていた問題が、経済のフレームが一国に留まらず世界的な広がりになったために容易には崩れなくなったとみることができるが、却って一度崩れた時には致命的な破壊力を持つに至ったと考えることもできる。

 一般的に、デフレは十分な供給能力(生産能力+購入する力)を有する先進国において発生することがあり、現状では先行して日本と欧州においてみられる。ただ、こうした流れは、一部社会主義的な政策を推し進めた国(韓国やメキシコ)にまで広がり始めた。所得がまだ十分高くない国(特に経常収支が黒字でない国)におけるデフレは、スタグフレーションスタグフレーション - Wikipedia)に至る可能性が低くないと私は考えている。お金を得るために輸出しなければならないが、それが国内供給量を侵食するとインフレと収入の下落が同時に引き起こされるからである。このような物価の上昇と所得の低下が重なれば、社会は大きな混乱を招くだろう。

 

 一方でアメリカにおいてどのような影響が表れるかだが、シェールガス革命により原油の自給が可能になった結果、農業国でもあるアメリカは極端なことを言えば鎖国をしてもやっていける国になっている。すなわち、つながってしまった世界から自国を切り離すことが可能なのだ。そこが、現状を守らなければならない日本とは大きく異なる。とは言え、アメリカも好んで鎖国する必要はない。他国との取引により大きな利益を得られる限り、世界的な貿易は継続される。

  そして、株価は世界的な景気拡大にBETしたままで、アメリカが世界貿易の枠組みを離れるような状況を好まない。現状において、ほぼ一人勝ちの状況を呈しているアメリカではあるが、特にそれをけん引しているのはNASDAQを中心とするITやソフト関係の企業である。製造業の復権を目指すアメリカではあるが、稼ぎ頭はソフトや仕組み産業である。これらは、旧来の産業をITにより一気に拡大させるモノであり、その市場拡大効果により独占的な力を持ち利益を上げてきた。

 だが、世界的に広がり切った企業の収益はそれ以上伸びなくなる。IT化による旧来ビジネスの置き換えにもどこかで限界が来る。その限界に既に到達したのか、まだまだ未来があるのかを判断するのは容易ではないが、そろそろ進展速度が衰え始めているのではないかと思う。新興国の経済拡大とITを使ったビジネスモデルの転換が相まって、ここまで経済拡大が続いてきたが、実のところ新興国の拡大には消費の増加という実態はあるが、ITによる既存ビジネスの置き換えには経済拡大の実態はそれほど大きくない。そもそもかつてあったビジネスをより効率的なそれが駆逐しただけのこと。結局、拡大部分はGDPの伸びに伴う範囲であるが、新興国経済の発展に頭打ちがみられる現在、それほど多くは期待できない。

 

 まだ、明確にバブルが崩壊したとは言い難い側面があるのは事実かもしれないが、経済ドーピングを使ってこの状態を維持しようとしている国が多い(アメリカも中国も)ことは、その先の問題をより大きくしてしまうのではないだろうか。世界経済は、バブルとその崩壊の連続であった。それらを繰り返しながら、徐々に拡大してきた。ITにより社会が大きく変わるとしても、結果的に経済の拡大には一定の制限値がある。爆発的には向上しえない。

 現在の世界各国における所得格差の広がりは、経済をフォーカスする範囲を限定することにより、より好調な状況を演出する土台となっているのではないかと感じている。一部の企業、一部の所得層、そうした人たちの経済圏。だが、経済の好調さを高く演出するほどに実体経済が歩める伸びとの差異が広がっていく。私にはそれが致命的な問題を引き起こすのではないかとの危惧を捨て去ることができない。アメリカはポジティブすぎ、日本は悲観的過ぎる。そうした国民マインドの違いはあるにしても、そんな中で一番怖いのは懸命に外面を整えている中国かもしれない。中国の実態と建前の乖離は、実情が正確に分からないせいもあるがどこの国よりも大きいのではないか。過剰流動性により猶予を与えられているこの国のコントロールをどこまで取り切れるのか(それは中国政府という意味と、アメリカという意味がある)。そここそがすべてなのかもしれない。

香港問題

 日本メディアは欧米ほど大きく取り上げはしないが、ネットでの情報の広がりもあり関心の高い人々は良く知っているのではないかと思う。先日行われた区長選挙(実質的な権力はない)では香港の市民の民意が大きく示された(香港民主派圧勝、北京惨敗、そして日本は? | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト)。投票以前には、過激デモに多くの香港市民は反対であるような報道も日本メディアからなされていた(市民の支持失う恐れ=反対派、一部が過激化-逃亡犯条例の改正・香港:時事ドットコム)が、投票結果を見る限りそれは中国側のプロパガンダの垂れ流し(あるいは影響を受けている)あることが読み取れる。

 

 先日、中国の工作員がオーストラリアに亡命申請した(中国から亡命希望の元スパイ、豪に膨大な情報を提供 報道 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)。中国政府はでっち上げであると反論しているが、今回のケースが本当にそれかはまだ確定できないものの、中国による工作員が世界中に浸透していることは間違いない。一般にパンダハガー「パンダハガー」とは? – 『Money1』)と呼ばれる中国から資金を得て親中国的な活動を行う政治家や識者は、今後徐々にあぶりだされてくるのだろうと思う。オーストラリアでは、その活動の程度が目に余るようになり、一時の中国との蜜月関係が全く逆転してしまった(中国が豪政治の「乗っ取り」企図、保安機関元トップが警告 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News)。

 こうした現象は何もオーストラリアだけには限らず、アメリカでも日本でもすでに起こっていると考えるのが妥当であり、アメリカはオーストラリアに続きその排除に乗り出し始めた。現在の米中貿易戦争よりも以前に、孔子学院の排除(米国がおびえる孔子学院、次々と閉鎖「中国の支配下に」:朝日新聞デジタル)が話題になった時期から進んでいるものと考えるのが妥当だろう。本格的な排除は今進んでいるが、アメリカ議会で話題になったのは1年以上前の話(米FBI、孔子学院をスパイ容疑などで捜査対象「米国社会の脅威」 - ロイター)である。逆に言えば現状に至るまでに相当の時間を要している。

 

 香港問題は、何も香港独自の状況のみにより広がった訳ではない。きっかけとして中国送致問題があった(【解説】 なぜ香港でデモが? 知っておくべき背景 - BBCニュース)が、その背景には中国の強引ともいえる侵略に対する反発が世界的にも高まっており、そうした空気が事態を引き起こした。

 だが、中国の経済状況は米中貿易戦争を抜きにしても、相当の陰りを見せていた。一対一路などは、中国国内の経済問題を解決するための苦肉の策であり、実質的には国内で処理しきれない素材等を輸出するための方便である。また、中国が世界中にばらまいた資金は相当に不良債権化しており、それを理由に途上国の港湾等インフラの入手を図ってきたが、これを軍事拠点化するだけの体力が中国から徐々に失われている現実もある。

 個人的な感想で恐縮だが、中国に余裕がなくなったからこそ、香港問題が大きく燃え上がり、ウイグル問題なども広がりを見せていると考えるのが妥当ではないか。同じような状況は、これまでマスコミが報じなかったジャニーズ事務所等の不祥事がどんどんと明らかになる状況に似ている。傍証的ではあるが、中国がそれを抑えきれなくなっている、あるいは中国が提供できる旨味がなくなりつつあるために、このような状況が広がっていると考えられるのだ。

 

 では、そんな状況にも関わらずなぜ中国経済がまだ保たれているかと言えば、これも個人的な判断で申し訳ないが、世界的な過剰流動性による資金が行き場所を失っているからだと思う。世界経済がそれほど会長とは言えないにも関わらす、トランプ大統領の株価第一主義的な施策により世界の株価はいまだ上昇している。要するに、世界経済はもはや一蓮托生の状況になっている。中国の経済失速は、すなわちアメリカを含む世界中の経済失速にもつながる。

 その意識が中国の現在を支えている。ただ間違ってはならないのは、中国ほどの大国であり独裁国家はそう容易には崩れない。既にほとんどの格付けで投機級とされるソフトバンクソフトバンクG:格付け会社は納得せず-「財務リスク大きい」とS&P - Bloomberg)ですら、資金を追加供与する金融機関がある(ソフトバンクGに3000億円 みずほ銀行など融資へ協議 :日本経済新聞)ように、大きくて壊せないという状況に追い込まれているし、そうなるように中国自身が持って行った(結果的にそうなった)。

 アメリカはまだ開拓市場があるとみるIT系を除き徐々に中国離れを推し進めているように見えるが、日本は地理的な関係や歴史的経緯から中国との関係性を絶つよりは、中国を再生させることでメリットを得る方向に流れているように見える。だが、韓国との関係がそうであるように、中国もおそらくは日本が望む方向に価値観が大きく変化することはないだろう。もし仮にそれが起こるとすれば、中国がいくつかに分裂したときではないかと思う。相当に気の長い話として。

 

 さて、香港問題は中国の政策的な行き詰まりが表出した問題である。香港に十分な金を流せていたとすれば、このような事態を引き起こすことには至らなかった(あるいは妥協点を見いだせた)。だが、その力が中国に無くなったとすれば、今後中国を見限る国際資本はどんどんと増えていく。直接的に語られる言葉は人権問題かもしれないが、そんなことは建前に過ぎない。中国から将来的に得られる利益が期待できなくなれば、去っていくのは当たり前ではないか。

 香港でのデモは、今後ゲリラ的にならざるを得ない。圧倒的な武力や人員を中国本土から投入できる中国政府と異なり、香港デモを主導している市民には継続戦闘能力が欠けているのだから。特に拠点であった大学を抑えられては、一気に状況が進む可能性も秘めている。そして、デモ活動が弱体化すればアメリカも容易には踏み込めなくなる。短期的には中国政府側が主導権を握る形になるのではないかと予想する。

 だが、その背景には中国の資金力の枯渇(資金を引き付ける力の衰退)があり、長期的に考えると徐々にではあるが中国が力を振りえなくなっていく。それを逆転する方法は容易には見つからない。体制維持を目的に中国共産党政府が暴発しないことを強く願っている。

新たな先進国と発展途上国の在り様

 経済植民地主義により、発展途上国は先進国から経済的に搾取される状況が第二次世界大戦後に続いていた。一部の国家は、発展途上国から先進国に近づこうとして、復活した日本を初めとして韓国や台湾、シンガポールなどがアジアとしては成長した。その後BRICsと呼称される新たな大国も成長の兆しを見せたが、今は中国を除いては比較的停滞している。

 

 一方で、王政や専制国家であった国々もアラブの春などで、一旦民主化に向かうかと見られたが、その後は各地で迷走している。発展途上国に民主主義が広がらないのは貧しいからであり、貧しい国家ほど強権を求める動きが多い。国民の不満を吸収し、あるいは弾圧するためにそれが必要なのだ。その際たるは中国であるが、アメリカなどからの干渉を撥ね退けないとそれは難しい。ドルという基軸通貨体制からの除外をほのめかされ、あるいは種々の経済制裁などにより疲弊させられるからである。

 日本は、自業自得な面もあるがバブル崩壊という欧米主導の経済的な制裁を受け、結果的にはアメリカ支配体制の下での繁栄を享受しようと姿勢を変えた。これは、現状の世界支配体制を継続する道を選んだといえる。すなわち、明言することは決してないが発展途上国を積極的には成長させない(利用し続ける)ということである。

 これは、ある意味で国家としては正しい選択である。自国民の平和と繁栄をどれだけ継続させられるかを追求すれば、現状日本が得ている利得や権益をどれだけ維持・拡大できるかを考えるのは国の役目であるからだ。もちろん、貧困国の支援や生活水準の拡大を全く否定しているわけではないが、日本を脅かす存在になること(特に不公正な手段や圧力により進めること)は許容しない。その典型が現状繰り広げられている韓国との葛藤に表れている。公正な競争においては、日本の国として企業として努力するしかないのだが、それ以外は許さないというのは日本だけの問題ではない。米中貿易戦争の本質もそこにある。

 

 アメリカも欧州もそして日本も決して認めることはないが、現状の秩序を如何に維持するかに腐心している。この体制を発展途上国が逆転するのは容易なことではない。日本やシンガポール、あるいは韓国のように国力を増強できる国家は限られている。なぜなら、新しいルールは常に先進国により作られていくのだから。それに対して、かなり強引な形ではあるが挑戦状をたたきつけているのが中国である。

 アメリカは中国の脅威を認定し、現在ではアメリカ中心の世界秩序に従うなら一定の力の行使を認めるというスタイルに変更されている。逆に言えば、アメリカに抵抗する限りにおいて制裁を加えるということである。現実には複雑に貿易が絡み合うため、単純なロジックで語ることは難しいが、俯瞰すればそんなところであろう。

 

 今回書きたいことは、現状のアメリカを中心とした世界秩序がどのように変化していくのかについてである。日本は当面アメリカ中心の体制が継続することにBETした。一方、韓国は中国が取って代わることにBETし、その選択から抜け出せない状況で右往左往している。

 これは繰り返し書いてきたことではあるが、中国という大国を維持しようとすれば、良いこととは思わないが現在の中国のような強権的な支配体制を構築しなければ難しいということがある。人々は豊かになるほどに、政治に対して多様な意見を持つようになる。貧しさが固定されていれば諦めによりその状態が常識となるが、豊かになるチャンスが多くの人々の前に現れると、それを得るための権力闘争が発生する。特に、発展途上国から抜け出そうとする時期にそれが発生し、日本のような特殊な国でなければ国を分断する権力闘争(内乱)に広がるケースは多い。日本でも戦後の安保闘争等混乱はあったものの、世界的な意味で言えばそれ小さかった。私が知る限りでは国王の権威が高かったタイなどもそれに近いかもしれない。日本の天皇制も、混乱を大きくしなかった要因の一つではないかと想像している。

 だが、国民を統合する象徴のない国では混乱が広がりやすい。アラブも春も、韓国での政治的分断もきっかけは異なるが似たようなものであり、それを抑えようとすれば強権にならざるを得ないのである。ただ、これは為政者側からの考え方であり、国民が幸せなのがそれであるとは限らない。中国の場合、一部の漢民族は経済的繁栄を享受でいているが、それは他方で弾圧されている多くの民族があってのことでもあるのだから。

 

 さて、米中戦争では中国の旗色が多少悪いことについては多くの人も報道等で気づいているだろう。だが、米中間ではそうであっても、世界中の国内的な混乱を抑えたい多くの国の為政者からすれば、中国の体制は一つのロールモデルとして傾注に値するものとなっている。国民が成熟し、安定した政治と平和的な経済発展ができる国はそれほど多くない。多くの国民が経済的な繁栄を実感できるという基盤があって異なり立つためである。

 そこに至るまでに、本当に多くの衝突と混乱を経験しなければいけない訳であり、その混乱自体は国民に痛みと傷を与える。さらに言えば、アメリカをはじめとする日本を含む先進諸国は発展途上国の大きな成長を、心底からは望んでいない。世界中の人たちが日本人やアメリカ人と同等の生活をするとすれば、食糧やエネルギーは完全に不足してしまうからである。

 もちろん、その点に関する技術革新は昔から継続的に続けられており、世界の貧困者数は大きく減少している。多くの大人たちが考えるよりもずっと。ただ、それでもその成長には間違いなく限界がある。

 

 結果として、発展途上国は今後も強権的な政権が力を持つ可能性が高く、同時に富の配分を巡る途上国と先進国との間の諍いは増していく。米中貿易戦争に明確な終わりはない。そして、日本は自己の権益を守る側に立っており、それでも仲良くしようという偽善的な援助には熱心である。「できない善よりやる偽善」の概念は正しく、日本の進んでいる方向性は間違ってはいないと思うが、できる配慮に限界があることを示す必要は今後増大していくだろう。韓国との衝突は、そのためのパイロットケースとみることができる。

 中国は今後も下剋上を狙い続けるだろうし、アメリカの支配体制も安泰ではない。生産力と軍事力で世界派遣を築き、一時期陰りが見えたが今は経済力とソフト(金融・ITやサービス)により再度復活している。ただ、その発展もそろそろ限界が見えており、この先にアメリカの支配体制が盤石である保証はない。アメリカにBETした日本ではあるが、政府はそれもあり中国との決定的な乖離を避けようとしているようだが、個人的には今のままの中国にBETすることは避けたいところである。

 

 世界に派遣を広げる手段はいくつかある。一つは経済や金融、その中心としての通貨であり、もう一つは軍事力である。さらには派生的な力として技術力、文化や生活スタイルも存在する。前者は短期的に浸透し、あるいは発揮できるが、後者は世界に広がるには時間がかかる。できれば、日本という国が再び多くの発展途上国ロールモデルとして目指すべき指標になってほしいと思う。それこそが、最も世界平和に資することができると思う思うからである。

韓国経済封鎖への一歩

 チョ・グク氏の法相辞任(韓国チョ法相 辞任を発表 ムン大統領の政権運営に打撃か | NHKニュース)や天皇陛下の即位礼の儀における総理派遣(韓国首相 祝宴で天皇にあいさつ=「日本国民の幸せ祈る」-Chosun online 朝鮮日報)などにより、短期的には文政権の反日的な行動が鳴りを潜めているが、基本的には状況は何も変わっていない。

 GSOMIAについてもギリギリの段階で破棄を凍結(韓国政府 GSOMIA破棄停止し延長を発表 - FNN.jpプライムオンライン)し、一部メディアや識者のコメントでは韓国が実質的に膝を屈した的な報道がなされている。確かに今回の出来事は、韓国の素人政治的な側面が赤裸々に表出した典型例ではあるが、現状を俯瞰的に見ればGSOMIAを維持しようが破棄しようが、韓国とアメリカ、そして日本を取り巻く状況はそれほど大きく変わるものではない。要するに、韓国はアメリカから離れようとしており、その理由づけに日本を利用し続けていること、今後もそうし続けることについては何の変化もない。逆に言えば、反日はそれを正当化するための空気づくりに利用されている。

 

 今回も、アメリカの怒りの程度と国内の支持状況を勘案し、現時点でのGSOMIA破棄を一時的に留保・延期したと考えるのが妥当ではないかと思う。ちなみに言えば、韓国が主張する破棄の留保(いつでも破棄できる)は国内向けのいい訳であろう。こうした手続きは恣意的な運用を許すようにはされていない。GSOMIAは単純に更新されたのであり、その効力は次の1年間は自動的に継続される。強いて言えば、「次の更新時期は韓国が再び駄々をこねるぞ」と宣言しているに過ぎない。

 それ以上に、文大統領とすれば早く破棄したかったものではあるが、アメリカの圧力と今後の選挙を考えて一時的に先延ばしした程度。その裏では中国との軍事協定締結に向かい議論が進められている(中韓、5年ぶりに国防戦略対話=協力強化で一致-北京:時事ドットコム)。これが確固たるものになれば、容易にGSOMIAを破棄する可能性すらある。すなわち時間稼ぎという訳だ。ただ、中国が韓国の戦略的な価値をどう判断するかはわからない。GSOMIA破棄は日米韓の連携にひびを入れることに違いなく、そうした離間策は以前からずっと行われている。そして、韓国を同盟から引き離すことができれば、日米に与えるダメージが大きいというのもその通り。特に、日本は韓国と言う緩衝地帯を失うデメリットは大きい。それでも、韓国を失うというデメリットは覚悟さえ決めれば許容できないものではなかったりもする。

 すなわち、その道は一歩間違えれば日本の自主防衛の拡大につながりかねないので、中国としても慎重に推し進めたいところ。そうした流れを生み出さないために、日本国内の反政府勢力を焚きつけること(防衛力強化を反対する運動)は並行して行われ続けるだろう。私が中国の立場なら、韓国を中国の同盟には引き入れたくはないが、日米連携のお荷物として邪魔をするためのカードとしては最適だとみる。仮に韓国を近づけるのであれば、北朝鮮を抑える役割として利用すること。できれば、北朝鮮の面倒を韓国に見させる。ただそれは容易ではないので、今は餌をちらつかせて、韓国を振り回すことだろうか。

 

 どちらにしても、アメリカも日本も韓国がブルーチームから離れようとしていることについては既に十分認識している。面倒ではあるが手元に置き続けたほうが良いか、それともマイナス要因の方が大きいために手放すか。その検討は常に考えられていると思う。要するに、韓国が思うほどに米韓同盟の結束は固くなくなりつつある。トランプ大統領のせいもあるが、それだけではないだろう。朝鮮戦争の退役軍人の声が小さくなれば、一気に距離が広がるのではないか。もちろん手放す際には、韓国にある資本や富は徹底的に召し上げる。これは既定路線である。これまでは面倒で厄介な韓国の尻拭いを日本に押し付けてきたが、日本が明確に拒絶し始めたことも大きいだろう。面倒ごとが増えて担当者は頭を抱えていると思う。

  さて、韓国はGSOMIAの破棄を取りやめ(韓国からすれば「終了を一時停止」なのだろうが)たものの、現政権にとって間違いなく国内的なイメージダウンにつながった。その結果行うことは、今まで以上の反日活動と考えるのが妥当であろう。いつものことではあるが、今回も大統領のメンツを立ててほしいと裏で交渉していたであろうことは間違いなく、これ以上我慢ならないとそれをほぼ無視した日本政府に対して裏で相当に恨みを募らせていることだろう。我々からすれば勝手に拳を振り上げ、降ろす理由を用意しろと言われても対応しようもないのだが、彼らにはそれが常識になっている(日本のメンツは一切顧みないにもかかわらず)。

 だが、今回メンツをつぶされる形になった韓国政府首脳部の恨みは相当のものであると予想している。彼らの願望(夢ともいう)は日本と戦争して日本を占領することであり、今まで以上に挑発的になると思う。それが韓国国内に広がった失望を挽回する唯一の方法であるのだから。

 

 今後、韓国の経済状況は今よりももっと悪くなっていく。GSOMIA維持であってもそれは変わらない。アメリカから離れていく韓国の姿勢は変わらないのだから、アメリカ側は資本を徐々に引き上げていく。これは数年前から十分に予想できたことであり、よく今までそれなりに落下させずきたものだと感心すらしている。だが、これが目に見えて悪化してきた時に行う行動は、日本に対する挑発以外にはありえない。場合によれば反米運動にすら舵を切る。国民の目をそらすにはそれしかないのだから。そして、行き着く最悪は日本に対する軍事的挑発という懸念であるが、どちらにしても嫌がらせは続くであろう。レーダー照射事件はその前哨戦である。それも今まで以上に大々的かつ、開き直ってである。

 そして中国との結びつきを深くすすると共に、北朝鮮との統合(連邦?)を無理やりにでも進めようとしてくる。統合すれば国力は大きく低下するはずだが、それ以上に韓国の自尊心を保てる方法がない。そして、北朝鮮の核を民族の核として日本に対して誇示するのである。ただ、北朝鮮からすれば韓国主導の統一など許容できるはずもなく、これは韓国が描く絵に描いた餅に過ぎない。

 

 だが、中国を資本主義社会から徐々に締め出し始めている状況を考えると、韓国の進む道は非常に険しいものであるとしか言えない。それは日本やアメリカから経済的な制裁を受ける道のりなのだから。そのことを十分想像できていない現政権こそが、韓国民をつらい行軍に導いているといってよいのではないか。彼らが日本を理由に実質的な反米活動をするほどに、中国に近づくほどに、経済的な苦境は深くなっていく。

芸能界と犯罪と復帰

 女優の沢尻エリカさんが、薬物保持により逮捕された(沢尻エリカ容疑者「10年以上前から大麻など使用」反省の言葉も | NHKニュース)。その直前には田代まさしさんが、これまた薬物の再使用により通算で7回目の逮捕をされている(7回目の逮捕・田代まさし 一番辛かったことは「家族との別れ」 | 文春オンライン)。また、薬物問題ではないがお笑い芸人チュートリアルの徳井義実さんが税金等の不払いにより活動自粛に追い込まれた(チュートリアル徳井さん 当面活動自粛 申告漏れで | NHKニュース)。

 基本的に芸能界は興行と結びついており、ルールがアバウトな世界である。かつて現在では考えられないほどの状況があり、近年大きく改善しているとは言えど一般社会から比べれば今でも締め付けは緩い。特に、大きなお金が動く業界であるからこそ、それに引きよされてくる有象無象が少なくない。今回は、薬物問題を含めて一旦活動停止に追い込まれた人の、復帰問題について考えてみたい。

 

 まず、私個人としては失敗した人がきちんと更生できる社会であることは大前提だと考えている。芸能界に復帰するのとが最善かどうかはわからないが、死刑や無期懲役に値するような大きな罪を犯さない限りにおいて、再び生きていくことを難しくしてはいけない。だから、社会復帰は間違いなく認められるべきである。まあ、そのことを否定する人はいないだろう。

 だが、芸能界復帰となるといくつかの意見が存在する。一つには、きちんと罪を償えば芸能界に、例えば女優として復帰してもよいと考えるもの。もう一つは、社会的影響が大きな地位にいる人だからこそ、罪を犯した当初から復帰の話が出るのはおかしいという考え方(ホリエモン、沢尻エリカ容疑者の復帰問題に持論「一発アウトとかおかしいでしょ普通笑」 : スポーツ報知太田光、沢尻容疑者の芸能界復帰を反対する声に疑問 - 事件・事故 - 芸能 : 日刊スポーツ)。

 杉村太蔵氏の意見に端を発し、交わされた議論であるが、そもそも問題点が芸能界復帰の有り無しと言う二極で語られていることがおかしい。芸能界復帰はあるが、今と同じようなポジションには容易に戻れないというのが正しく、それ故に薬物には十分な注意を払わなければならないということを公表することになる。

 

 薬物問題では、酒井法子さん(酒井法子 - Wikipedia)が大きなニュースを巻き起こした。彼女の状況を見る限り、元のポジションに戻れたとはとてもではないが言えないだろう。一方で、歌手の槇原敬之さん(槇原敬之 - Wikipedia)も同じような事件を起こしながら、ほぼ元の状況に近い位置に復帰できている。この違いはいったい何なのだということだが、それは芸能人としての立ち位置が異なることにある。

 かつて興行と呼ばれていた時代の芸能人は、舞台や巡業その他、客(ファン)から直接的に金銭を得る方法でお金をつかんでいた。テレビの台頭により状況は徐々に変化していったが、それでも興行時代の流れを汲んでいた期間は長い。個人の能力を評価してもらい、それにより金銭を得るという仕組みがそこにあった。そのためにはスターは少数でなければならなかった。

 

 だが、テレビ業界としてもそれでは権益の拡大を図れない。もちろん芸能界(芸能人やそれを扱う事務所)側としても多くの芸能人の数を増やすことが、個人としての成功の可能性を広げ組織としても大きな利益を上げられる。そして、日本経済の発展は企業に対してアイコンとして芸能人を使う体制を生み出した。

 要するに、芸能人は自らを支持するファンから直接的に利益を得る形から、企業の広告塔として企業を介して大きな収入を得るようになっていった。大きな資金を有する企業の参入は、芸能界を拡大させた。もちろん、発信媒体であるテレビやマネジメントをする芸能事務所も含めて。結果として、数多くの芸能人が大きな報酬を得ることができる体制が構築された。

 超有名人ではなくとも、そこそこテレビに出る芸能人ならサラリーマンがうらやむような収入を得ることができる。将来の保証がないのだから当たり前という意見もあるだろうが、個人の能力からすれば過大な報酬を得ていると私は考えている。しかし、それは様々な放送・芸能コングロマリットにより維持されてきたのがここまでの状況。

 

 すなわち、一度退場した芸能人は広告塔としての役割を果たしづらくなるため、同様のポジションに復帰するのは容易ではなくなるということである。だが、歌手や出の津芸能関係の芸能人など、広告塔の役割ではない芸能人については、その能力がファンからの収入を引き寄せる限りにおいて復帰することは容易である。

 私は、その復帰の道が残されていることで十分ではないかと思う。ただ、ブームや雰囲気でのし上がった人には復帰は難しいだろう。沢尻エリカさんの場合には、罪を償った後の話ではあるが、テレビドラマは難しくとも映画女優としての復帰の道はあってもおかしくはない。もちろん、すぐに主演という訳ではないだろうが、高い演技力を基に自らのポジションを築いていくことはできるだろう。

 

 ただ、広告塔としての位置づけを再び得ることは非常に難しい。それはすなわち、芸能人としての稼ぐ力の凋落である。さて、薬物に手を出すことにそれだけのメリットがあるのか。少なくともこの点だけは、報道してほしいと思うのだ。

政治の劣化とマスコミ

 最近、少々忙しくて書くことができないでいるが、もし何人かの方でも待たれているとすれば申し訳ない。今回少しだけだが、書いてみたい。

 

 従来より、日本の政治は三流などと揶揄されてきたが、ここにきての野党の体たらくには溜息すら出てこない。政権与党や政府の問題点を追及することの全てが悪いとは言わないが、それはあくまで本筋ではない。それ以上に、人気取りに終始する結果としてマスコミの走狗となり果てている状況には、絶望感にも似た感覚を抱いてしまう。実際、世界の政治をいろいろと観察していると、アメリカや中国の政治も決して一流と言えないような状況であるのは見えてくる。中国などは日本以上に政治が下手糞だと思うが、それでも無理をごり押しできる環境がそれを覆い隠しているに過ぎない。

 だが、強大な軍事力を持っているアメリカや中国と違い、それを持たない(韓国あたりにも軍事費で逆転されるような)日本という国では、加えて経済的な影響力も全盛時の1/3程度に低下した状態では、本当に政治の力が大きく求められる。かつて、政治力のなさを経済力でカバーできた時代はあるが、今はそうではないのだから。

 

 政治力が上手く育たない最大の原因は国民にあるが、その次に問題とされるのはマスコミである。マスコミは当然のごとく情報産業であり、社会・政治問題が発生するほどに儲かる仕組みにある。権力の監視という一面の真理は持っているが、それの何倍もの酷さで社会を混乱させる。だからこそ、政治はマスコミとは一定の距離を置くべきだと私は思う。野党最大の問題は、そんなマスコミの尻馬に乗ってスキャンダル探しを行っていること。さらに言えば、その根拠すらが希薄であること。そして、自分たちがどれだけ愚かなことをしているかという自覚を持っていないことである。

 権力が自己保身のために暴走する。それは真理である。ただ、その典型は日本ではなく中国や韓国に見られるではないか。あの酷さと比べれば、現状の日本の問題など塵にも等しい。だがそうした問題は相対化されることがない。日本の状況を改善していくことは必要だし、安倍政権が完璧で最高だなんて誰も思わない。それでも、もう随分前から「安倍政権に替わる存在がない」と言われて久しい。ベストではないが、選択肢を考えるとベター。そんな状態が続いており、さらに言えば強化され続けている。政党支持率を見れば、問いただすまでもない真実である。

 

 私は以前より解党した民主党には一定の期待をしていた。それはここでも書いてきたつもりである。だが、新しく生まれた立憲民主党にはその期待すらしていない。できるはずもない。だが、どうしてここまで劣化してしまったのか。マスコミの影響もあるだろうが、それ以外の因子については以前より気になってきた。日本人の資質そのものが極端に劣化しているとは思わない。何がこの低脳と言ってよいような野党を存続させているのか。それ以外の勢力を生み出させないのか。

 

 ネットなどでもすでに書かれており、私も以前触れたが、現在「リベラル」を自称する政治勢力が実質的な既得権益勢力になり、政権与党が改革勢力になっていることが大きく影響しているのではないかと考えたりする。既得権益を持つ人たちは現状を変えたくない。とすれば、現状を変えようとする勢力を攻撃するために何が必要なのか。論理では負けることが明らかなため、スキャンダルに飛びつくようになる。

 そして最大の問題は、実質的な体制を変えないようにしている自称「リベラル」勢力は、自らが旧守派であることを自覚していないこと。彼らは大きな変革は提示せず、小手先の小さな変更を声高に叫ぶ。要するに現実が見えていないボンクラな訳なのだが、それが幅を利かせていることを国民が許容していることにあるのではないか。何より、彼らを擁護し育てようとしているマスコミ自体が、毒親のように彼らを堕落させ続けている。

 護送船団方式時代の日本企業が、資本主義社会の中では企業の力を削いでしまったように、野党政治家に対するマスコミの甘さが彼らの能力を高めるどころか、むしろ堕落させている。マスコミが悪いというのは簡単だが、そうした悪循環に陥っていることを自覚できない野党政治家と指摘できない支持者たちが何よりダメである。

 

 政権与党が現実論を走るとき、野党は対立要素として夢を語るのではなく、より深い現実論で勝負しなければならない。それは容易なことではないが、それ無しには現状の政治劣化に見られる負のスパイラルは抜け出られないだろう。仮に政権与党にマスコミの捏造ではない大きなスキャンダルが生まれたとしても、現状のままでは野党が政権につく可能性は皆無である。その無意味さを多くの国民は経験したのだから。その記憶を持つ層が消えるまでは、運よく政権につけることはない。もしあるとすれば、より現実主義に基づいた政策を掲げられるようになるときであろうが、それを望むのは酷だろうなとは思う。

夢想と理想と現実主義

 一般的に、理想と現実は対立概念として語られることが多い。現実主義者と理想主義者は全く反対の意味を持つ。だが、理想と現実は必ずしも対立しない。理想が極端になればそれは夢想と呼ばれるが、むしろ夢想と現実は完全ではないが対立的な概念であるように私も思う。理想は人が行動を起こすための動機付けであり、現実的な対応は実際の行動や進め方に区分される。すなわち理想と現実は併存可能なのだ。

 

 夢想という言葉は「お花畑」と揶揄されることも多いが、世の中にはこのような言葉で括れる典型的な夢想よりも、どちらかといえば原理主義的な夢想が数多くあふれている。夢想と理想はかなり似ているように見えるが、先ほども触れたように理想は現実との連携が可能だが、夢想にはそれができないという違いを持つ。それ以上に、夢想家はそもそも現実との関係性を持とうとすらしないことが多い。なぜなら、現実を見据えた瞬間に理想はきれいな存在ではなく、どちらかといえばギラギラ・ドロドロとしたものに近づく。それを夢として奇麗なままにしていたいという気持ちが、結果的に原理主義的な夢想を生み出す。奇麗な状態を維持するためには不可侵でなければならなず、帰着として決して妥協できない考えに行き着く。本来は夢というふわっとした存在であるはずが、いつの間にか確固たる信念に替わり得るという訳だ。両者には明確な断絶があると私などからすれば思うのだが、それを主張する人たちには見えないらしい。

 

 人間社会は、いろいろな面において汚い面が数多くある。それを全て見ないようにすることは不可能であるだけでなく、私はこうした汚さにも価値があると考えている(汚さを積極的に肯定するわけではない)。ただ、それを生理的に受け入れられない人が社会には一定数存在する。これは私の勝手な妄想だが、どちらかといえば潔癖症的な人ほどそうした考え方に左右されやすいのではないかと考えることもある(根拠はないので信じないように)。これは原理主義的な思考に陥るのが、性格的な理由に由来しているのではないかという推測である。

 

 目の前に許容しがたい現実があり、それを理想に近づけていこうという考え方は悪くない。ただ、理想に至る方策が現実的でなければ物事は動かない。現実主義という言葉が悪い意味で用いられる場合には、理想に向かう動機を失ってしまい現実に安住しているケースがあろう。あるいは、既得権益者が現状維持を目的に夢を軽く扱うというのもある。ただ、現実を許容しがたいと考える状況自体もいろいろなケースがあろうが、現代の日本では本当にそこまで切羽詰まるような状況は多数ではない。むしろ、現実的な選択肢が存在しているにも関わらず、それに気づけず、あるいはそれを選択させてもらえない状況に陥っていることが多いのだと思う。

 他方、夢想家のそれは今ある現実を一足飛びに理想に結びつけようとしてしまうことが多い。理想を掲げる姿勢が問題というよりは、そこに至る現実的な処理能力や人脈が不足しており、ままならないというケースであろう。左派識者にもそう言った感じの人は少なくない。だが、その人が不満に思う現実が他者からすれば十分に恵まれていることも少なくない(十分な地位にありながら、自分の意見に多くの人が賛同しないなどの不満を持つ)。ただ、残念ながら現実に対する否定的な主張というものは、多くの人の心を動かすのもまた事実。ネガティブな現象は多くの人の心を揺さぶり、理想への希求を強めてくれる。問題は、現実と理想の間を如何に繋ぐかにあるにもかかわらず。

 

 人は現実のみでは耐えられないが、理想のみでも挫折感を多く味わってしまう。必要なのは自分なりのバランス感覚であるのは言うまでもない。現実のみに拘泥するのではなく、理想に向かい現実的に歩みを進めていくことが最も重要だと思うのである。

 そんなことは誰もが知っているはずのこと。それなのに私たちはいつも短気である。その短気さが原理主義という極論を生み出しているのかもしれない。世の中の運動は、多くの人の興味を引くために強い主義主張を掲げることが多い。だが、それはかつて有名になったシーシェパードグリーンピースの中でも極端な活動家のように、暴力的になることが多い。現代社会においても暴力は恫喝としては有効な手段の一つだが、それでも表の社会では手を出した方が負けである。

 

 現実主義者よりも夢想家の方が暴力的になりがちなのは、ある意味において大変興味深い。ただ、マスコミは一般的に夢に対する親和性が高い。それは理想に賛同しているわけではなく、乱を呼ぶことへの共感ではあるが、その二つが結びつくこともこれまた興味深い。

 

 どちらにしても、私としては現実的な歩みにより理想に近づいていきたいと常に思っている。短気を起こさないように。

韓国に寄り添わざるを得ない朝日新聞

 朝日新聞の主たる記事作成方針を決めている人の考え方は私にはわからない。ただ、これまでの流れから読み解くに、朝日新聞は自分たちを守るためには韓国を擁護せざるを得ない状況に陥っているのではないかと考えている((耕論)嫌韓論の正体 鈴木大介さん、安倍宏行さん、木村幹さん:朝日新聞デジタル)。自業自得ともいうべき事態ではあるが、彼らが自分たちのこれまでの在り様を守るほどに、そうせざるを得なくなっていく。抜け出すことは容易だが、プライド故に抜け出せない。そんな状況であるのだろう。

 

 私は、立場として個人的には嫌韓のつもりはない。もちろん韓国に対する厳しい意見や、間違った主張に対する反論、あるいは韓国の行く末を憂うようなエントリを書いているのは間違いではない。だが、かつて韓国人に友人もいたし(喧嘩別れしたわけでもないが、交流の機会がなくなったため疎遠になった)、実際訪韓したときにはいろいろと良くしていただいた。また、韓国からの留学生等と接することもあるが、まじめで努力家が多い印象である。もちろん、様々な日本人がいるように様々な韓国人がいて、良い人も悪い人も存在する。だが、それをステレオタイプに決めつけることは厳に慎みたいものである。

 それ以上に、民族固有の常識や慣習あるいは文化の違いがあるため、それに優劣などは存在しないと考えている。あるのはただ違いのみである。日本が優れている訳でも韓国が素晴らしいわけでもない。様々な野で競争している存在ではあるが、個別の優劣には大きな意味がない。両者は背景も立ち位置も、そして目指す道や理想の姿さえも全くの同じではないのだから。逆に言えば、だからこそ両者の違いを片方に合わせて修正することは自分たちの常識を変えろというに等しい。それ故に、お互いに対応が本当に難しい。

 ただ素直に事実を考えるとき、こうした問題を修正するために条約や国際的な常識というものが決められており、それを守っているのが日本であり、国民感情を理由にそれを一部守ってないのが韓国である。かつては、国際常識として韓国に理がなくとも、日本は受け入れてきた経緯もある。ただ韓国の経済力が十分に高まった今、一般論としてもそれを継続する理由はどこにもない。

 

 さて、かつては朝日新聞は韓国には否定的な論調であった時代があると言われる。北朝鮮や中国に近しく、軍事政権にあった韓国を攻撃していた時代である。現在では嫌韓メディアとして取り上げられることの多い(私は嫌韓メディアだとは思わないが)産経新聞はむしろ韓国擁護派であったころ。それが今では朝日新聞が諸手を挙げて韓国擁護の記事を書く。

 だが、実際には朝日新聞が直接的に韓国を擁護したいわけではない。日本の政権批判をするためにはそれが都合がよいから利用しているに過ぎない。日本が韓国を援助しアメリカとの緊密な体制作りをしていた時代には、朝日新聞は日本政府には対するポジションだから韓国を否定する。一方で、今は日本と韓国が少なくとも心理的には過去最悪と呼ばれるほどの冷え込みを見せている。だからこそ、日本政府に対抗して様々なクレームをつける韓国の味方をしている。単純にそれだけのこと。

 今となっては想像が難しいが、仮に再び韓国が親日的なポジションを取れば朝日新聞は韓国に厳しくなるだろう。

 

 要するに、日本の保守政権に対する自らの立ち位置を韓国を使って婉曲に否定して見せているだけである。もちろん直接的にも否定的な言説をしているが、それでも世論は朝日新聞に否定的であり続ける。その状況が進む一方。もはや、韓国擁護については自らの築き上げてきた言論を維持するための一つのよりどころとなりつつある。

 考えてみれば、韓国のメディアが書く「反日ではなく反安倍」というのは、朝日新聞と極めて近い考え方ではないか。だが、日本の世論がそうではないことは誰もが知っている事実でもある。そんな事実に目を隠していることもまた似ているのである。

 

 朝日新聞が多少なりとも世論の支持を回復する方法は、これまでのような政権否定のために総動員する姿勢の転換ではあるが、残念ながら彼らには決してできやしない。少なくとも現在の紙面の方向性を決めている人たちが退職していくまでは。そして、仮にそうした人たちが抜けたとしても、これまで自ら取ってきた姿勢が明らかだからこそ、容易には方向転換できないであろうことも予想に難くない。

 結果として、反日に邁進せざるを得ない韓国の状況と、政権を否定しなければ立場のない朝日新聞の置かれた状況は非常によく似ている。そして、心の底から望んでいるわけではないにしても、朝日新聞は韓国に寄り添わなければならないポジションを取っているのである。