Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

タワーマンション考

 タワーマンションの林立と言う現状と、その弊害を指摘する声が出ている(タワーマンションに法律で即刻禁止すべきとの声 ヨーロッパの多くの国では法律で規制|ニフティニュース)。社会的階層を暗喩するマンションの高層階争い(タワーマンション住民を苦しめる「階数格差」というシビアな現実(榊 淳司) | 現代ビジネス | 講談社(1/2))や、高層階の子供たちを巡る諸問題等(高層マンションが慣れっこの子どもの増加と転落事故急増の背景│NEWSポストセブン)、高層マンションの数が大きく増えていくほどに様々な論議がなされる。実際には高層マンションに住んだからと言って決定的な不利益はないと考えるが、それが議論される理由は何なのだろうか。

 武蔵小杉が駅近高層マンションで有名になった(「武蔵小杉がいま熱い!」と騒ぐ人たちがまったく気づいていないコト(現代ビジネス編集部) | 現代ビジネス | 講談社(1/4))が、住む場所を巡る議論は価値を見出すポイントが異なれば噛み合わないことが多い。多くの場合、イメージを重視するか実利を重視するかにより異なる。ブランドイメージに関する意識は、昨年ニュースにもなった南青山の児童相談所問題(南青山の児童相談所建設に反対の声。各地で続く建設断念に子どもたちへの偏見 | BUSINESS INSIDER JAPAN)でも見て取れる。こうした地域や高層マンションのブランド価値については、長年の積み重ねによる実績を持つもの(例えば芦屋や世田谷など)もあるが、大部分は商売における付加価値づくりに左右された結果である。多少内容に違いはあるが、バレンタインデーにチョコレートを贈ることや、恵方巻きを立春に丸かじりすることと似ている。単なる高層マンションという実態では価値づけや差別化ができないため、そこに虚構のストーリーを挿入することで販売を行いやすくしている。もちろん勝手な物語では上手く行くはずもないが、消費者側の何らかの虚栄心をくすぐることができれば両者の共依存関係は成立する。

 だがブランド化というのは実のところは付加的な意味合いが強く、実際には長時間の通勤地獄を回避するという側面が強いこともある。大部分の超高層マンションは土地価格の高い都心、すなわち利便性の高い場所にあり、そこに住むということは長時間の通勤地獄から解放されるということを意味している。私はそれが一番の理由だと考えているが、武蔵小杉がそうした立地に該当するかはなかなかに悩みどころである。都心に建つ超高層マンションは、土地を最大限活用しているという意味において経済的である。特に東京では都心部の住民が減少していたことから、都心部居住(都心居住(としんきょじゅう)とは - コトバンク)の政策を推し進めてきたこともあり、行政との意思と住民のニーズが合致するための解決策の一つである。地価の高い場所に住むことがブランド化に進展し、それが高層マンションのブランド化に繋がったと見るのは考え過ぎであろうか。

 さて、タワーマンション超高層マンション - Wikipedia)は景観の側面からすすると確かに高層階は良い眺めを有している。ただ、個人的には毎日のように楽しめる人がどれだけいるかはわからないし、実際のところ高層階は風が強すぎてバルコニーでゆっくりとできないことも多い。それ故に、風対策で窓が開かないようになっている部屋も少ないないのだから。ただ、日照面では高層階は住戸の窓面の方角によるが、他のビルの影になることが少なく有利であるのは踏まえておきたい。一方で、都市部では浮遊する塵芥がおおむね10階~20階あたりに滞留しやすいと言われており、汚れの問題に関してもあまり望ましとは言えない(超高層階ではマシだろうが)。実際、東京都心の多くのビルは10階あたりの汚れが大きくなっていると言われており、白いビルを見付ければわかりやすいかもしれない。

 また、高層階は利便性を考えれば決して良いものではなく、むしろかなり悪い。商業に関しては不動産価格が1階と上層階で大きく異なるのは良く知られている(失敗しない物件選び 「家賃以上の差がでる、路面店と2階店舗の売上差」 物件に関するお役立ち情報 飲食店.COM)が、人の活動が地面を通じて行われる以上、多くのアクセスを期待する店舗では地面近いほど都合が良い。住戸の場合には、主たる目的が客のアクセス数ではないため同じような評価はできないが、それでも長いエレベータ待ち時間等を考えると日常でロスする時間を考えると利便性に劣るのは間違いないだろう。また、防災上の側面からも高層階は避難上の問題がある。タワーリングインフェルノ(タワーリング・インフェルノ - Wikipedia)という超高層ビル火災を描いた映画があるが、低層の建物と比較すれば火災時の避難が困難なのは言うまでもない。もちろん法律により防火上の対策がなされており上記映画のような状況が頻出する訳ではないが、避難場所が地面だとすればそれと遠いということは、災害時において問題となる。それが最も顕著に現れるのは停電時ではないだろうか。自家発電装置を有しているのが普通であるが、通常これは避難に必要な非常用照明等を確保するのが主流であり、エレベータの稼働を賄えるとは限らない。最近では停電時のエレベータ稼働を確保できる建物も増加しているよう(https://www.daikyo.co.jp/dev/files/20110613.pdf)だが、リンク先の資料では1時間だけであり長時間保証できるものではない。

 私も阪神淡路大震災直後に高層ビルを登る経験をしたが、15階程度でも相当の労苦であった。水道や電気が無い状況で長期間高層階での生活を送るのは不可能だと思う。また、高層ビルは地震時の揺れを問題視されることも多い。建物そのものが壊れるような可能性はそれほど高くないと思うが、長周期地震動問題はNHKなどでも特集を組まれている(長周期パルス 超高層ビルを破壊する脅威の揺れとは? | NスペPlus)。一般に高層ビルの場合破壊するとすれば比較的低層階で生じるが、高層階では逆に揺れが問題となる。家具等の固定はよく言われているが、1G以上の加速度が高層階で生じる可能性は高く、その場合様々な家電製品等が部屋内を飛ぶことになる。最近では高層免震建物もあり、その場合には水平方向の揺れは軽減されるが、免震構造により緩和されるのはあくまで水平の揺れのみであって鉛直は抑制されない。超高層建物の場合には、この縦揺れが上層階で大きくなる可能性もあり、それが1Gを超えるようなら地震時にモノが浮きがることになる。ちなみに、阪神淡路大震災時に神戸にいた父は、新聞を読んでいる自分の体が鉛直に浮き上がったと言っていた。

 もちろん、災害が無ければこんな心配をする必要はない。また、災害時は大変でも長い人生を考えると一時的なトラブルは耐えられるという考えもあろう。それ以上に普段の満足感が高ければ良いということである。高層階のステイタスが他の問題を十分に補えるという価値観を持っていれば悩むまでもない。だが、大部分の人はこうした全ての可能性を考慮した上での判断を下していない。大都市の利便性の高い場所に住もうとすれば、結果的に様々なデメリットに目をつぶりながらメリットをより大きく捉える方が精神的に楽なのだろうと思う。

 私の個人的な考えを開陳すれば、正直高層マンションの高層階に住みたいとは思わない。それは私の価値観が良い景色や何らかのブランドイメージを肯定的に捉えていないからである。もちろん地方都市に住んでいればそんな選択肢はそもそも存在しないし、東京の地獄のような通勤実態を考えるとやむを得ないかもしれない。だが、それでも積極的に高層階を求める(しかも高層階の方が価格が高い!)ということはないだろう。あくまで個人的な価値観なので、それを求める人があっても全くおかしくない。ただ、少なくともマンション業者の繰り広げる意味のないブランド話からは距離を置きたいと思う。