Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

ラインハート=ロゴフ論文

 やや旧聞になってしまうが、1か月ほど前から欧米ではハーバード大学のラインハート教授とロゴフ教授(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%B4%E3%83%95)の論文に間違いがあったと大きな話題になっている。ちなみに、日本の報道でそれを報じたところはないと思う。このラインハート=ロゴフ論文とは何なのかというと、国家債務がGDP比で90%以上の数字になると経済成長がマイナスになるということを、過去の統計データから導き出したものである。現実に、その論文は財政健全化派の錦の御旗としてあらゆるところで学術的根拠として用いられてきた。
 ところがこの論文で発表されているデータの集計等に誤りがあり、その内容を訂正すると若干の成長率の低下は生じるもののマイナスにまでは至らないという結果だったことが、MIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院生により指摘されたのだ。(http://delong.typepad.com/sdj/2013/05/accurate-and-inaccurate-ways-of-portraying-the-debt-and-growth-association.html

 すなわち、財政再建を積極的に推し進めなければ国家は経済的に破たんするという根拠の一つが、大きく論拠を逸したというわけだ。それでも、財政赤字の増大が成長率を鈍化させることについては間違いないかもしれない。論文のすべてがおかしいというわけではないが、その説得力は大きく減退したことになる。日本ではマスコミや財務省財政再建(均衡)派であり、都合の悪いことを報じない自由を行使するとすれば欧米で大きな話題となっていてもそれは国民の目に触れることはあるまい。
 なお、上記論文が緊縮財政政策を推進させるために意図的にデータを改ざんしていたと勘繰る向きも無きにしも非ずだが、実際には上記の大学院生が検証のためデータを提供を求めたのに対して、きちんと応じているので単純ミスであった可能性が高いと考えられる。

 もっともそもそも上記論文には当初から批判の声があった。ノーベル賞学者のポール・クルーグマン教授(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%B3)はラインハート=ロゴフ論文を結果と原因をはき違えていると批判していた。財政が悪化したから経済が低迷するのではなく、経済が低迷下から財政が悪化するのだというわけだ。両者が同時に発生する場合、どちらが原因なのかを特定することは容易ではない。私も、財政赤字(政府債務)の増大は原因ではなくてどちらかと言えば結果ではないかと思う。
 ただ、現実には両者はお互いにリンクしており、完全に一方向の関係(原因→結果)という訳ではなく相互に影響を与えあっている。だから、白か黒かという関係で一方が他方をコントロールしているというものでもないだろうとも感じている。卵が先か鶏が先かの議論にも似ているが、あくまで傾向として経済という波の影響を受けて財政状況というのが変化すると考える方が私は自然だと思うのだ。
 同じくノーベル賞学者のジョセフ・スティッグリッツ教授(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84)もこの論文はばかげたものだと切り捨てていた。ただ、クルーグマン教授もスティッグリッツ教授も積極財政派に分類されるため、主張の違いだともいえなくはない。

 さて、日本はアベノミクスにより積極財政に舵を切ったが、実のところリーマンショック以降に関して言えばアメリカや欧州は金融緩和を日本以上に行ってきたものの、財政支出を増加させることはそれほどできていない。ちなみにロゴフ教授はアベノミクス自体には賛意を示している。これを通貨安競争だと主張する一部の国家(韓国など)の主張は当たらないという立場でもある。
 今、南欧では失業が限界状態にまで近づきつつある。ギリシャやスペインでは若年層の失業率が50%を大きく超えている。二人に一人以上が働き口がないのである。それでもほかの国からの支援などによりなんとかギリギリのところで経済を回している状況だ。
 それを支援しているドイツを始め比較的健全だとされる国々にしても、必ずしもそれほどの余裕があるわけではない。国家としては利益を上げていても、銀行の脆弱性はそれほど改善されているわけではないのである。
 欧州ではイギリスがこの論文に影響されて大きな緊縮財政を敷いた。一時期は日本のマスコミも財政削減への大きな一歩として大きく取り上げていたが、昨今では全くこうした情報が出なくなっている。イギリスの経済が一向に上向いていないからだろう。

 さて、世界は緊縮と拡大の間で揺れている。無秩序な拡大が破たんを招くことは誰にでもわかる。しかし、緊縮が良い結果を導く訳でもない。双方ともに原理主義に陥ることは経済の低迷を招くのだ。
 できることなら、日本のマスコミもこうした社会の動向を左右する大きな動きについては、もっと積極的に報道してもらいたいと思う。