Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

自然が人を脅かし始める時代

人口減少が本格的に始まった日本。
経済の低迷が叫ばれているが、現実には人口減少であっても経済が低迷するとは限らない。
事実、ドイツなどでも人口減少は始まっている。(wikihttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%AD%90%E5%8C%96#.E3.83.89.E3.82.A4.E3.83.84
2005年頃から人口の自然減少が始まっているが、ドイツ経済が人口減少により縮小しているわけではない。
少なくとも、GDPは2005年以降も増え続けている。(世界経済のネタ帳:http://ecodb.net/country/DE/imf_gdp.html
政策投資銀行の藻谷氏は、「デフレの正体」において人口減少(正確には労働人口の減少)が不景気を引き起こす原因であるとしている。日本のGDPの90%弱が内需により賄われている現状から考えればその考え方もわからなくはないが、それでも人口減少が日本よりも早く始まっている国のGDPが上昇し続けているのに、日本のみが本格的な人口減少が始まる前から低迷している事実と重ね合わせると、若干違和感がある。
現実に、国内消費自体が低迷を続けているわけではなく、その点については北海道の高校教師である菅原晃氏が批判している(http://synodos.livedoor.biz/archives/1557514.html)。
人口減少が関係ないとは言えないが、それが避けようのない決定的な要因であるとは私も思えない。

ただ、今回のエントリは人口減少の理由や意味を問うものではない。
その結果現れていることを考えてみたい。

まず、限界集落という言葉がある(wikihttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%90%E7%95%8C%E9%9B%86%E8%90%BD)。
定義はいろいろとあるが、要するに高齢化・過疎が進行しすぎてコミュニティが維持できなくなった集落を言う。
行政サービスによりケアができる間は何とか維持できるかもしれないが、将来的には無居住地域(廃村)となることが予測される地域だ。主に中山間地に多い。
2006年の国土交通省の調査によれば、
 ・高齢者(65歳以上)が半数以上を占める集落が7,878集落 (12.7%) ある。
 ・機能維持が困難となっている集落が2,917集落 (4.7%) ある。
 ・10年以内に消滅の可能性のある集落が423集落、「いずれ消滅」する可能性のある集落が2,220集落、合わせて2,643集落ある。
ということで、人が住めなくではなく住まなくなるという地域がかなりの数存在する。

限界集落は極端な例だが、そこには至らなくても高齢者が地域の主体である集落は非常に多い。
現在、日本の高齢者の比率は2010年には23.1%となっており(wikihttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96%E7%A4%BE%E4%BC%9A#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AE.E9.AB.98.E9.BD.A2.E5.8C.96.E7.8E.87)、地方都市では都市全体でも30〜40%というところは少なくない。
特に、都市中心部から離れれば離れるほどその傾向が高い。
また、地方に住む若者達も農業や林業などに従事する割合は減少を続けており、地元で働く人の数は少ない。

その結果、近年大きく問題になりつつあるのが自然からの浸食である。
人口が増加していた時代には、人間が宅地や耕地を広げて自然を浸食し続けた。
その圧力が強かった時代には、自然からの攻撃にも防御が十分できていた(もちろん相当の労力を費やした結果)。
しかし、自然からの圧力に抗しきれなくなっている場所がどんどんと増えているのが現状だ。

例えば、1000人近くが住む山間地の集落などでも(当然若者も多く住んでいる)、鹿が家先まで来て餌をあさる。
当初は人を見たらすぐに逃げていたが、今では脅かしても気にもせずゴミをあさる。
なんて状況が珍しくはない。
かつては、山の餌が少ないことでやむを得ず集落に現れると言うこともあったのだが、現状はフェーズが変わりつつあるのではないかと思う。それは、山のテリトリーに集落も含まれつつあるのだ。要するに動物たちのテリトリー内だと認識され始めている。自然に浸食されてきているのである。
山に餌があれば集落に出てこないというのは、それなりに人の圧力があった時代である。集落に抵抗力が無くなれば、山よりも容易に餌(残飯など)を見付けられる場所は絶好の餌場ではないか。

あるいは、山林が手入れされていた時代には竹林は平地にしかなかった。
竹は地下茎を延ばして広がっていく。
人の手が入れば、タケノコの段階で掘り起こされる(食用にするかどうかは別として)。
そうして、竹の浸食は抑えられてきた。
今、山の中腹まで広がっている竹林はどこにでも見られる。
竹は成長が早く、竹が覆えば樹木の育成は大きく阻害され枯れてしまう。
要するに竹は木を駆逐する。
そして、斜面地でも竹は根が非常に浅いため雨が降れば容易に地盤を崩落させる。
これも新たな自然の脅威と考えられる。

人口が減少すると言うことは、人がこれまで得たテリトリーを自然に脅かされると言うことであり、それを維持しようとすれば今まで以上に多大なコストを支払わなければならない。
その対処についてまでは触れられないが、人が自然を脅かす時代から、自然が人を脅かす時代に変わりつつあるのではないかと思う。

「人が分相応を考えるなら、人口が減ればそれに応じて撤退も考える必要はあるだろう。」