Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

コロナ雑感

 ここでの書き込みが遠のいて永らくコロナについても触れていないが、既に2月以降に書き連ねてきたことと大きく意見を変えることはない。唯一言えば、日本は民度での対応により死者数を抑えられると書いたことが、台湾やニュージーランド、あるいは韓国などに数字の上で負けてしまっていることが残念なことだろうか。ただ、アジアの中で日本の対策が劣っているという意見をかなり見かけるが、正直なところ各国の統計をどれだけ信じられるのかについては悩ましい側面もある。それを類推する資料として、死亡超過の確認がある(新型コロナウイルスによる本当の死者数は? 各国の超過死亡を見る - BBCニュース)。これは6月時点でのものであって今も有効かはわからないし、日本のデータが3月までしかないという問題もある。だが、日本の死亡超過はほとんど見られないという判断に対し、韓国では約5%(2,400人)の死亡超過があるとされている(3月までの分析)。死亡者数や感染者数が少ないとされるタイでも、死亡超過は約2,400人とされている。その数字全てがコロナによるものではないとしても、数字が変わるだけで見えてくるものは大きく異なる。その後の情報までを調べてはいないが、欧米と比べて十分少ない数字の比較において優劣を競うことには、それほど大きな意味がないようにも思う。

 もちろん、台湾やニュージーランドの成功については賞賛すべきだし、見習わなければならない点は多い。日本でも徹底できれば同様の成果を上げることは不可能ではなかった。その点には反省が必要な側面もあろう。日本は、兎にも角にも国民を強制的に縛らない戦略を前提としてきた。日本が中国や韓国のような強力な対応をできるとは当初より考えなかったし、それ故に政府ではなく国民の行動により抑制する独特の対応にならざるを得ないとは考えていた。そして、それであっても成功すると。ただ、強制力を伴う強固な方法論の方が効果的であるのは、想像できたとはしてもちょっと悔しい。

 

 さて、コロナと共に生きることになるだろうことについても当初より書いてきた。台湾や韓国あるいはニュージーランドなどが、他国では感染が根絶できていない状況で今後どの程度交流を広げられるかについては興味あるところだが、自国のみを成功に導いても第三国からの流入に常に気を付けなければならない状況に国民がいつまで耐えられるかという観点は重要であろうと思う。ノーガード戦法が良いと言うつもりはさらさらないが、国民の意識を変えるためにどれだけの時間が必要なのかという命題は、今まさに突きつけられているのだと思う。もちろん、安心を高めるために経済が許す範囲でのできる限りの感染抑制は必要である。

 ただ、コロナなどの感染症対策に基本的に特効薬はない(有効なワクチンが現れるまで)。だから、今は政治家たちも現状すべきことをすること以外に、取り立てて言うことがない時期であると私考えている。ところが、メディアを中心に何か画期的なことはないのかと問い詰めているのが現状だ。だから、たわいもない小さな発言にもすぐに飛びつき、その上で発言自体を声高に叩く。大阪府の吉村知事のイソジン騒動(「コロナがある意味減っていく」吉村知事“イソジン会見”を叩くだけで本当にいいのか?:時事ドットコム)はさすがに政治家としてどうかと思う発言だが、時期が時期ならば笑ってスルーできる程度の内容にすぎないと私は思うのだ。

 逆にそのプレッシャーに耐えられない政治家は、何か言わなければならないという雰囲気に押されて、吉村知事のような状況に追い込まれてしまう。今の時期ほど、社会が落ち着いて考えなければならないのに、騒乱を広げることを第一目的として動くマスコミの見識のなさは本当に見るに堪えない。結局は、社会的に大きな役割を果たせない人たちなんだなと思う。政府がすべて正しいと擁護するつもりはないが、マスコミが喧伝するほどには悪くない。

 個人的には、手厚すぎる保健所システムが日本の検査体制拡充のボトルネックになっていると思うが、それはガラパゴスに生きてきた日本の技術体制そのものの意識の集約のようにも見え、急には変えられないだろうなと見ている。サービスを含め、品質を落として数を稼ぐということに対して、忌避感があるのではないか。もちろん、そこに利権体質が絡んでいないとは言えないだろうが、私はそれ以上に品質至上主義がここでも闊歩しているのだと思う。

 

 まあ、何にせよ日本人の意識も徐々にではあるがコロナと共に生きるための方向にスライドして行っている。100人も患者が出れば大慌ての時期もあったが、既に毎日1000人の患者が出ても、大きなニュースにはならなくなってきた。後遺症問題等。まだ新型コロナにはわからない点も非常に多い。だから、集団免疫獲得方針を推し進めることには反対ではあるが、私は経済をある程度回しながら新しい生活様式に慣れていくことしかないのではないかと思う。最大のポイントは意識の変容であることに、3月4月時点と今でも変わりはない。