Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

産科崩壊

 最近は、メディア、韓国問題、選挙関係が続いてばかりだったので、話題を変えて産婦人科医師問題について書いてみたい(激務の産科医、休みなし 分娩休止で機能集約を 病院「国レベルの課題」 | 丹波新聞)。

 ずいぶん前より、医師を目指す人たちの中で人気が低いのが、産婦人科医と小児科医である(産婦人科医師の不足する現状とその背景―世界トップクラスの安全性でも訴訟が多い? | 医師転職研究所)。それ以外でも人気が低いとされる職種はあるが、社会問題となっているのは産科が多い。その問題の源泉は、訴訟リスクと拘束時間の長さである。特に訴訟問題では、毎日新聞記者の報道(毎日新聞の青木恵美記者、奈良県南の産婦人科を根絶 : 今夜はハットトリック!)により大きな社会問題にまで広がった大淀病院の件(大淀町立大淀病院事件 - Wikipedia)や福島県大野病院事件福島県立大野病院産科医逮捕事件 - Wikipedia)等が有名である。

 

 出産は胎児にも母体にも危険を伴う医療行為であるが、医療技術の高さが人々に危険性を低く見積もらせているという点が大きい。医療技術の発展により、出産時の妊婦死亡率は1900年ごろと比べておおよそ1/100に低下した(妊産婦死亡率 - Wikipedia)。かつて10万人中300~400人の死亡事例があったものが、現代では3人程度とされている。また、乳児新生児死亡率も同様に激減している(乳児・新生児の死亡率推移をグラフ化してみる(1899年以降版)(最新) - ガベージニュース)。

 ちなみに、一部で自然なお産(助産婦等による介助)の推奨がされているところもあるが、これには科学的根拠はなく、危険性を助長しているという意見が出されている(Vol. 338 “自然なお産”ブームに警鐘を。助産院・自宅分娩の問題点を広く考えて欲しい | MRIC by 医療ガバナンス学会)。他方、陣痛を何とかしたいということで無痛分娩を選択する事例も増えているが、こちらにも警鐘が鳴らされている(無痛分娩、決める前に知ってほしいこと:朝日新聞デジタル)。

 

 産科の問題は訴訟リスクが高いことと先に書いたが、このように当たり前に子供が生まれ、妊婦も助かるというのが社会的な常識になっていることが最大の原因と言える。この状態が維持されるのは、妊娠時からの継続的な診療がされていること、あるいは妊婦がそれほど高齢ではないことが重要である。高齢出産の危険性については、すでにいろいろな場所で情報が発信されている(知っておくべき【高齢出産】のリスク|杉山力一医師の女性のカラダの不調解決コラム | Oggi.jp)が、35歳を超えると急激に出産そのものが難しくなるだけではなく、死産率も増加、染色体異常等を発生する確率も上昇する(35歳以上の初産が増加中 高齢出産のリスクやメリット まとめ | ウーマンエキサイト)。

 

 まず、妊娠中よりの継続的な診察を受けないケース(飛び込み出産 - Wikipedia)が増加している(増加する「飛び込み出産」早急な対策を/大阪府医・周産期医療研修会 - 京都府保険医協会)という情報が公表されている。理由は、経済的なものが大きいようだが、核家族化の進展により相談できない人がいたり、DV等による出産への忌避的な姿勢や、在留外国人が十分に制度を理解していないということもあるようだ。

 これは産婦人科からしても非常に難しい問題である。医師として、問題あるお産に対処しなければならないという社会的責任は間違いなくあるが、まず事前情報がわからない状態での出産は非常に困難であることに加え、出産費用の未払いが多く経済的な問題も付与される。危険性が高く経済的メリットの少ない出産を、喜んで行うことは容易ではない。

 その上で、出産時にトラブルが生じた場合に訴訟リスクに晒されるというのだから、なり手が減るというのは当たり前のことであろう。実際、過去の訴訟でもこのような飛び込み出産のケースが散見される。

 こうした問題に対処すべく、産科医療補償制度産科医療補償制度の概要|産科医療補償制度の目的と創設経緯)が2006年より創設され、運用が進められている。もちろんこの制度の矛盾や問題点を指摘する意見(http://www.taog.gr.jp/member/menber_sinchaku/nfc2.html)もあるが、無いよりはましという状況であることは間違いないだろう。

 

 次に、日本人の結婚年齢がどんどんと高くなっている(【結婚の平均年齢】最新データは29.4歳! 女性の平均初婚年齢は20年間で3歳上昇 | Oggi.jp)ことが、社会構造的な問題として広がっている。日本では、女性の結婚年齢がほぼ30歳という状況にある。男性も年齢を重ねることで出産リスクを高めるのは間違いないが、やはり女性の初産の年齢が何より大きく影響する。第1子の出産年齢平均が30.7歳(徹底調査!日本人の結婚・出産の平均年齢と生涯未婚率の地域差 - Menjoy! メンジョイ)というのは、十分に高い状況にあるといってよいだろう。

 出産には適齢期があり、おおむね20代半ばがそれにあたるとされる(齊藤先生に聞く!【38】理想的な出産適齢期はいつまで?|シティリビングWeb)。複数人の子供を持つことを考えれば、20代前半ごろから出産に前向きになることが必要になるようだ。もちろん、個人的な選択(DINKSや出産時期を遅らせること)は認められるべきではあるが、社会総体として方向性を変えることが重要であると思う。

 

 さてタイトルに産科崩壊と書いたが、実のところ産婦人科医が極端に減ったわけではない。産婦人科医は減っていないが、出産取り扱い医院が大きく減少している(http://www.taog.gr.jp/member/menber_sinchaku/nfc2.html)。上記のようなリスクを個人レベルで負担することが難しくなっているため、より大きな組織に所属したほうが良いということがあろう。産科医の数が少なければ、いつも飛び込みに出産に備えていなければならなず、遊びに行くことどころか気を休める暇すらないという状況になってしまう。ならば、産科医の多く所属する大規模な病院に集まったほうが楽だというのは当然の考えであろう。

 だが、医療体制を考えればこれは良いことではない。妊婦が毎回遠方まで診察に出かけ、あるいは出産時も遠方の病院に入らなければならない。これは上記でも触れた経済問題にも大きくかかわる。一般に、所得が高いほど出産数は低下する(http://www.esri.go.jp/jp/archive/bun/bun185/bun185c.pdf)とされる。もちろん、所得が少ないと結婚自体に至らないという側面があるので、総体としては何とも言えないが、所得問題は飛び込み出産とも大きく関係する。

 

 今考えなければならないのは、出産の社会的意味と、そのリスクを誰が負担するかということである。国を挙げて人口減少に立ち向かうとすれば、出産にかかるリスクを医師から社会に振り向ける制度設計が何より重要ではないだろうか。もちろん、ほかにも対処すべきことは山ほどあるだろうが、産科崩壊は日本社会を根本から崩してしまう危険性のある問題であり、国としての対処を期待したい。