Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

デザイン業界

 2020東京オリンピックエンブレムが、別のマークの模倣ではないかと問題になって久しい。既にいろいろな情報が出回っており、後出し感満載となってしまうがご容赦願いたい。現状オリンピック組織委員会は問題ないと静観の模様(http://www.47news.jp/CN/201508/CN2015081501000962.html)だが、今後の動きを予想するならば紆余曲折はあるだろうが結局見直しになるのではないかと考えている。
 この件について、当事者の佐野研二郎氏は模倣ではなくオリジナルである旨を主張しているが、派生して疑惑を広げているトートバッグ等の盗作問題に対しては内容を限定しながらも問題があったことを認めて謝罪している(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1508/15/news016.html)。
 釈明内容は事務所のチェック体制が機能していなかったものとしているが、正直デザイン業界において元々厳密なチェック体制があるとは思えない。その上で事務所のスタッフが盗作を行ったとすれば、その管理は事務所の責任者である佐野氏の責任であって、スタッフが悪いといくら主張しても全く意味はない。せいぜい、いくらかの同情を引ければ良いと言ったところであろうか。
 さて、トートバック問題(それ以外もあるが)が取り上げられている理由は、ネット上でもオリンピックエンブレムだけでは法的や制度的には覆せないと考えている人が多いからであろう。デザイナーの信頼性を失わせることで事態を改変しようとする動きである。これは、エンブレムがそれだけ不人気であるということの裏返しかもしれない。

 デザイン等の権利について少し考えてみる。最も厳密に扱われているのは特許を代表とする工業所有権(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E6%89%80%E6%9C%89%E6%A8%A9)である。特許、実用新案、意匠、商標の4つがここに含まれるが、今回問題とされているデザインが主に該当する著作権はここには含まれない。また、工業所有権と似た権利として種苗法(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE%E8%8B%97%E6%B3%95)により改良等により生み出される農作物や植物の品種が保護されている。
 冒頭のオリンピックエンブレムに関しては商標上は問題ないとされているようだが、これは制度的に商標を認める範囲(業種)がかなり限定されていることによる。同じような商標であっても、利用する業種が異なれば権利侵害になるとは限らない。今回も劇場とオリンピックでは競合することは考えにくく、またそもそも劇場のマークは商標登録されていないようなので商標という面では争えない。
 一方で著作権的にはかなり微妙なレベルに見えるが、比較的単純な図形の組み合わせであることから、こちらも裁判としては難しいであろう。そして、著作権の場合には侵害を訴える者が侵害の事実を証明しなければならないのがさらに大きな問題として控えている(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150815-00000003-wordleaf-soci)。

 オリンピックエンブレム問題は、国民から見えればかなりグレーに見えるだろうが侵害とされることはないだろう。組織委員会が現状で動かない理由は、ただでさえ国立競技場でケチがついた状況でこれ以上問題を増やしたくないという心理からきているのであろうが、心情的にグレーであるという印象が広がることはオリンピック開催においてかなりマイナスであり、社会的動揺がどの程度出るかを様子見しているのであろうと考えている。要するに沈静化するようなら放置ということだ。
 さて、佐野研二郎氏については今回の件で社会的にはかなり大きな(致命的な?)ダメージを受けることになるだろう。一部のブログ等が指摘(http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20150805http://newsland.jp/2234)しているようにインナーサークル(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/260314/m0u/)での仕事や賞の回し合いと取られてもおかしくない状況があるようだが、この件はあくまで状況から類推される疑惑であって明確な証拠があるわけでは無い。ただ、疑惑は別の意味で着火してもおかしくない内容だと思う。

 余談になるが、インナーサークル問題はデザイン業界がそれほど儲かる仕事ではない(http://honne.biz/job/e1570/)ということに起因していると思う。クリエイターという花形職業ではあるが、国家資格により保護されている訳でもなく参入障壁がほとんどないというのが現状だ。放置すれば過当競争が報じるのは当然の事であり、価格競争を回避しようとすればできる限り高いステイタスが必要になる。
 もちろんデザイン業界の仕事は数多くあるが、上記のように参入者が非常に多いため仕事の単価は安い。また、キャラクターデザインとは異なり常に新しいデザインを作り続けることが求められる。漫画で言えばギャグ漫画家と喩えても良い。
 ステイタス向上には様々な受賞歴により箔を付けることが有利である。もちろんデザイン能力が無ければ始まらないので、十分な能力があるという前提の話である。その上で、インナーサークルは実質的に互助組合として機能しているが、こういった状況はなにもデザイン業界だけの話ではないだろう。
 創作能力の維持をステイタスにより補うことで、安定した事務所経営(受注)ができるというあまり望ましくはないものの現実に存在する社会的仕組みである。

 閑話休題、再度権利の話に戻る。特許権などの工業所有権の場合には、全てがそうだとは言わないが比較的厳密に先行の権利を調査することが多い。この調査は、工業所有権を取得しようとする企業が(弁理士その他の調査機関に依頼して)行う。こうした工業所有権に関する情報は登録されているため、一定の制限はあるが公式に調査が可能である。
 権利侵害が認定されると非常に大きなペナルティを受けるため、一定以上の規模の企業には専門部署(知財部等)を持っているところも少なくない。ちなみに知的財産ということで、ここでは著作権も含まれている。問題は著作権であるが、問題となるのは既存の有名な著作物を(広告等で)利用する場合の権利処理が中心ではないかと思う。
 しかし、デザイン事務所は非常に小さな個人レベルの会社であることが多い。また、企業等からの依頼を受けてデザインの創作を行う。上記工業所有権に対する企業の立場と比較すると、次に示す3つの点で厳しい状況にある。
(1) 組織規模が小さいので先行事例調査に割くマンパワーが少ない
(2) 通常は一つの創作により事務所が得られる利益はかなり小さい
(3) デザインを自分のために行うわけでは無い(デザインの使いまわしが困難)
 私は業界の事情に詳しい訳では無いが、おそらく今回のような状況はデザイン業界では常態化していたのではないかと思う。もちろん、オリジナルのデザインを作り続けている人は少なからずいるであろうから、そう言う人たちまで含めて話すのは正しくないのはわかっている。それでも、今回の件はオリンピックという世界的な祭典だったから問題になったのだと私は思う。五輪関連でなければここまで飛び火することはなかった。
 トートバッグ問題で明らかになっているが、こうしたデザイン事務所ではトップデザイナーの下で多くのスタッフが案を出しそれをデザイナーが決定する。調査しきれないというのが実態なのはわかるが、それを言い訳にすることができないのは言うまでもない。デザインの責任を誰が取るべきかという問題が隠れている。

 デザインというのは非常に賞味期限の短い創作である。定番として永らく用いられるものも一部にあるが、その際もデザイナーは名声を上げることはあっても直接の利益を得ることは少ない。
 一方で、デザインはなるべく単純な形状で表すのは非常にわかりやすく良いものだという面がある。政治家や企業の宣伝が利用するキャッチフレーズと同じ話である。盗用を是とする訳ないのだが、良いデザインのパターンは無限ではない(http://webnaut.jp/design/620.html)。結果として、単純でかつ良いデザインは似た傾向を示す。それ故、オマージュを表明するかどうかは別としても、何かに似ていると感じさせるデザインは世の中に溢れている。それが実態であろう。
 ただ、オリンピックのエンブレムデザインというビッグプロジェクトにおいて、それを言い訳にすることが許されるかどうかはまた別問題である。一過性のデザインと、永らく残ることが確定しているデザインにおいて慎重さが同じ良いということはない。
 今回のエンブレムデザインはデザインコンペにより決定されている(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150724-00000099-dal-spo)。逆に言えば、これだけ重大なコンペにもかかわらず先行デザインの調査がなされていないままに決定したということもあるだろう。その意味において、佐野氏個人を責めるのは必ずしも適切ではない。むしろ審査員全体とそれをサポートする選考委員会の責任を追及すべきである。そこにもしインナーサークルの問題が絡んでいたとすれば、コンペが適切に行われていなかったということであり、最大の問題点はデザインの良し悪しや類似部分ではないことになる。
 
 繰り返しになるが、おそらく同じような互助組織的な動きは社会のいたるところに見られる。ある一面においては必要悪という部分もあるだろうが、もし仮にオリンピックエンブレムコンペという場面でそれが用いられていたとすれば、デザイン業界の闇はとんでもなく深いということになるだろう。佐野氏の才能の有無の話とは関係なく、これだけ社会的インパクトが大きな場面でそれが行われたということが問題なのだ。いや、行われたかどうかはあくまで推測にしか過ぎないのだが。
 もう一つ、私が取り上げたいポイントはデザインの責任は誰が負うべきなのかである。もちろん、一義的に創作者が責任を負うのは間違いない。しかし、先行デザイン等の調査労力を考えれば小さなデザイン事務所に全ての責任を負わせることは酷であるとも思う。
 できることなら、先行事例調査についてはデザインにより最も恩恵を受ける発注企業(あるいは組織)の責任で行うという形が広がっても良いのではないかと考えたりもする(あるいは調査を含めた発注金額を設定するなど)。