Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

美味しんぼ事件(2)

 もう雑談カテゴリでいいかと思う。とりあえず言論や表現の自由は存在するが、それをノンフィクションとして発表するとすれば、事実と異なる内容は明確に虚偽となる。現実には完全なる証明が容易ではないため、限り無く黒に近い灰色ということになるだろうが、この点に関しては作者がどのように責任を負うのか、推移を見ていきたい。

 さて、今回の「美味しんぼ事件」であるが2年以上に亘り綿密な調査をしたと表現している割には、その調査内容の杜撰さが徐々に明らかになりつつある。創作物として表現の自由(空想を扱う権利)を主張するのであればまだしも、厳密な調査結果であると高らかに叫ぶのはどうも分が悪い。
 私は前回書いたように表現の自由を最大限擁護すべきだと思うが、逆に非難される自由(この場合は自由に対する責任)があるのも事実であり、様々な検証により表現の自由を超える虚偽が立証された場合にどのように対応するつもりなのかについては、見ているだけであれば面白い。
 現実には、「可能性はある」などと完全なる立証が不可能なことをを利用して逃げ切ろうとするであろうが、これもまた話題が少ない時期のネタとされるのであろう。

 さて、今回私が興味を持ったのは「美味しんぼ」の原作者がきちんとした調査を行ったと話していることが、小保方氏のSTAP細胞における主張と似ている感じがする点である。STAP細胞の真偽の程はさておき、小保方氏は研究者として稚拙でありその手法は専門家から見れば大きな問題を抱えているのは、誰もが認めることであろう。
 それでも「STAP細胞を発見したという内容だけは正しい」と主張している点が、今回の「美味しんぼ」問題とも酷似している。現実に即した物語を扱う漫画原作者の調査は、リアリティ高い作品を生み出す小説家などと同様に様々な文献や聞き取りにより行っていると私は思っているが、それでもあくまで素人としての調査に過ぎない。調査方法や内容が専門家に迫るレベルの人も中にはいるだろうが、今回のケースでは少しの報道を見る限りにおいて非常に稚拙な面が数多く見えてくる(例えば、福島の瓦礫処分を大阪では行っていないことなど)。

 創作者と研究者はそれぞれの分野での専門家ではあるが、相手方の分野の専門家ではない。個人的な義憤はあるかもしれないが、だからと言ってそれが専門性をカバーできることもない。専門性を担保できるのは豊富な知識と専門的な積み重ねのみである。
 別に創作者が調査結果を発表してはいけない訳ではないが、社会的インパクトが大きい案件では相応の調査内容に関する責任を伴う。小保方氏も実験結果の正当性に関する責任を果たしていなかったからこそ、大きな疑問を招くこととなった。
 繰り返しになるが、表現の自由として漫画作品を発表するのであればその権利は保護される。しかし、明確に事実関係の追求とすればその正当性は厳しくチェックされることもあり、結果として多くの間違いが見つかるようなことがあればそれに応じた代償を支払わなければならない。

 とは言え、私の中では既に「美味しんぼ」の内容に対する信頼性は地に落ちており、何ら影響を与える事はない。公称20万部と言われる雑誌に連載されている作品の影響度がどの程度あるは判別しがたいが、これだけ話題になれば雑誌として炎上商法的には売れるかも知れないが、作者の意図することが広まることは少ないであろう。
 商売としては成功で、目的としては達せられない。しかし、表現の自由が許されているように批判の自由もある。今回の内容は批判に耐えうるものでは無かったと言うことではないか。
 私としては悔しそうであろう原作者の今後の反応を生暖かく見届けておきたいと思う。