Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

ジャーナリストではなくトレジャーハンター

政府の「シリア渡航阻止」に賛否両論 「事前に言う必要あったのか」の声も(http://www.j-cast.com/2015/02/08227359.html

 外務省が旅券法19条に従いシリアに入国しようと試みた自称ジャーナリストの旅券を返納させた。このことに対して賛否が渦巻いている。報道の自由を主張する向きからは、憲法の移動の自由を制限する重大な問題と考えていることが読み取れるが、他方で最も危険な地域に飛び込んで拘束された場合には結局国家に救出を願うのではないかという否定的な意見もある。
 私はどちらの意見も一理あるとは思うが、政府が一方的におかしいと主張するのには与するつもりはない。報道の自由という言葉は必ずしもないが、行動の自由は保障されている。ただし、明らかに危険な地域に足を踏み入れること、既に渡航をしないように勧告されているところに行くこと、などを考えるとあまり使いたくない言葉ではあるが、「仮に拘束されても日本政府による救出を拒否する」と宣言して行ってもらいたい。

 これは、報道の自由という国民の知ることに対する権利を掲げているが、実のところ記者としては営利行為に過ぎない。既にイスラム国の残虐性や、当該地域に住む住民の悲惨な状況はいろいろと伝えられている。それを超える新たな情報が手に入る可能性はあるかもしれないが、それは一体どのようなものであろうか。ISIL内部の弱体化の状況や内部分裂の状況だろうか。あるいはその内部で行われている粛清の状況であろうか。はたまた、まだ知られていニア囚われている人の情報であろうか。
 いずれも、ISILと敵対している有志国連合政府なら必要とするものだと思うが、多くの日本国民にとっては重要な問題ではないと感じるがどうだろう。
 もちろん、行ってみれば想像もつかなかった新しい情報が隠されている可能性はあるかもしれない。ただ、その宝探しのような行為のために多くの人に迷惑をかけても良いかは当然問われなくてはならない。これは、報道の自由の話とは異なる。原子炉の内部に飛び込もうという人がいれば、間違いなく止められるであろう。あるいは焼却炉の中がどうなっているかであっても同じことだ。
 山火事のど真ん中に入り込むのも同様であろう。そこで逃げ惑う動物たちの光景は映像的に意味のあるものかもしれないが、自力で脱出できなければ多くの人たちに迷惑をかけるのは間違いない。

 さて、情報を覆い隠すために渡航を禁止しているのであれば私も政府(外務省)の対応には抗議するであろう。しかし、今回国民の生命に及ぶ危険を想定しての措置だと認識している。渡航を阻止された自称ジャーナリストやそれを擁護する人たちの意見を聞いていると、報道の自由は全てのものを凌駕するような感じに聞こえてくるが、もし無償でそれにチャレンジしようとしているのであれば私も少しは同情する面があるかもしれない。
 だからと言ってその考えに同調するつもりはないのだが、あくまで営利目的なのである。もちろんその映像等をTVやその他のメディアに買ってもらえるかどうかはわからないのだから、先行投資であって報酬が保証されたものでないのは当然だが、そうしたことは一般企業でもごく普通にあることである。
 さらに言えば、金銭的には満たされなかったとしても経験などを披露することで一定の立場や権威を見に帯びることができるというすぐには見えない利得も存在する。

 今回の問題は、ジャーナリズムの問題ではなくトレジャーハンターの行動を如何に制限するかという問題だと私は思う。確かに発見した宝は幾ばくか人類の知識に貢献するかもしれない。しかし、それは基本的に個人的な功名心を覆い隠すために大層なお題目を唱えているようにしか見えないのである。
 綺麗事ではなく、「金儲けのために、そしてついでに新しい情報を集めるために危険地に赴くのだから、私が拘束されても一切助けないでください」と宣言して拘束されても、間違いなく国家は救出のために努力しなければならない。
 そのこと知った上で渡航するのであれば、そもそも渡航前にそれを言いふらすことなどありえないのではないか。権利として主張することは可能だと思うが、気軽なトレジャーハンティングに付き合う必要はないと私は思う。