Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

CMの目的

私が覚えている子供の頃によく聞いたコマーシャルとしては、パルナス製菓(http://www.youtube.com/watch?v=YKw4T_10sfQ&noredirect=1)やグランシャトーhttp://www.youtube.com/watch?v=8kJ5XDdmZk8)などが記憶にあるが、20年ほど前からはシリーズもののCMが大きな評価を受けたりしている。カップヌードルはその走りであったように記憶しているが、NTTの100周年記念のもの(http://www.youtube.com/watch?v=YDZnrx6I0n8)や、直近ではサントリーコーヒー飲料BOSS(http://www.youtube.com/watch?v=LKt4_pOixOo)が評価も高く長続きしているし、ソフトバンクの家族もの(http://mb.softbank.jp/mb/tvcm_media/cm/)も多くの人が知っている。
かなり昔のCMと言えば、音楽やフレーズを繰り返すことで人の意識にそのイメージを定着させることを目的として作られるものが多かった(http://blog.livedoor.jp/osmfji/archives/51356998.html)。CMを通じて如何に商品名を記憶に定着させるかという狙いである。確かに商品などは選択に困った場合には無意識のうちに記憶にあるものを選んでしまうことも多い。実際に一定の効果は得られたのだろうと思う。少なくとも私の記憶には普段は出てこないが数多くのCMのフレーズが保存されており、何かの拍子で出てきたりするものだ。それ故に、今でもこの手法を持ち手いる企業は少なくない。
ただ、商品サイクルがどんどんと短くなり入れ替わりが早い現在では、業種によってはそのメリットは薄まっている。初期の認知は得るkとができるかもしれないが、CMを記憶に定着させるほどには商品の賞味期限の方が長くないのである。その結果、製品の更新が早い業界のものは商品連呼のパターンより、群としての商品や企業ブランドイメージを宣伝する方向にシフトしやすくなる。
こうしたブランド化をより強固にするために、CMそのもののコンテンツ化が次々と促進されているのが現在の状況であろう。単なる強い印象狙いの商品名連呼から一定のとしての進化を遂げたCMが、さらにコンテンツ群として意味を持つようになれば一連のCMが一つの文化に成長するかも知れない。

ただ、考えてみればCMの評価が高いからと言ってその製品(あるいは製品群)の売り上げに貢献しているかどうかはまた別の話である。実際に、短期的な結果のみでは断言できないものの東日本大震災後のCM自粛を受けてもその影響があまりでなかったあるいは広告費が減って増益になった(http://blog.livedoor.jp/asigaru_news/archives/52416417.html)との報道もあるようで、TVCMの効果にはそれなりの疑問も投げかけられている。一時のACのスポット放送にはうんざりした人も多いだろうが、企業の方もむしろ企業名や製品の知名度を上げたり好印象を与えたりなど、本来の商品宣伝目的以外の付加的な効果を期待しているようにも見えてくる。
現状では確固たるスタイルが確立されているわけではないだろうが、それでもCMはこれまでのような単純な販売促進のツールとしてではなく、企業イメージの確立や信頼の醸成のための道具にシフトしつつある。例えばJTが地域貢献活動をCMに利用したり、少し古いが大手ゼネコンが働く父親を持ち上げる内容のCM(http://www.youtube.com/watch?v=qMxWCEMTYGk)を流していたこともある。
こうした方法を利用できるのは、企業の名前が既に十分知られていたりあるいは単体の商品を宣伝する必要がない(することができない)場合が中心だということもあるだろうし、または他のCMからの差別化を図りたいという広告会社の意図が色濃く反映されていると捉えることもできる。

それでも、広告を受け取る消費者の方がより広告にコンテンツ性を求めるようになったという面もあるだろう。レコーダーが自動的にCMのみをスキップできる時代だからこそ、単に宣伝を覚えてもらうという一方通行ではなく、繰り返しの視聴に耐える楽しめる商品としての目的が与えられつつあるのではないかと思うのだ。