Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

喧嘩の理由

喧嘩の直接的な理由を考える前に、喧嘩が成立する条件について考えてみよう。
例えば、子供が幼い場合親子の間で喧嘩は成立するか?
もちろん、成立するような親もいないとは言わないが、通常は喧嘩は成立しない。
なぜ喧嘩が成立しないのか?
それは、明らかにレベルの異なる者同士の間では、対等な争いが成立し得ないからである。

逆に言えば、喧嘩とは基本的に多少のハンディキャップはあってもおおむね対等と見なせる間における争いである。・・・・というか、喧嘩の成立条件の一つがそれに当たる。
ついでに言えば、もう一つの条件は喧嘩の理由となる喧嘩の直接的な事由となる認識の相違であろう。これが存在しなければそもそも喧嘩は始まらない。

さて、恋人間、あるいは夫婦間においてこの二つの条件が成立するためには?
まず、両者の間に圧倒的なレベルの差がないこと。
言葉を換えれば、片方がもう片方の人間に依存していないこと。これが条件となる。
依存が強ければ、やはり喧嘩は成立し得ない。対立構造が発生しないからだ。

次に、お互いの認識に齟齬が生じること。
喧嘩が生じるためには、自分が正しいとお互いに認識していることが必要である。
自分の正当性に疑問があれば、喧嘩を維持できるほどの気力を持ち続けられない。
・・・・いや、意地で続ける人はいるので、負けん気がそこには大きく介在する。

こうして考えると喧嘩が成立するためには、恋人間あるいは夫婦間で、自分がより優位な立ち位置を確保しようとする行為であることがわかる。
そのスタートは些細な認識の違いであろうが、それを理由として自らが有利な地位を占めたいという願望が、それを喧嘩へと発展させる。
お互いの願望が強ければ強いほど、、、、、喧嘩は大きくなる。
でも、有利な地位を占めたいと言うことは、、、同時に相手との関係を手放したくないと言うことでもある。

喧嘩をするほど仲がよい。。。。まさにその通りなのであろう。

問題は、有利な地位を占めたいという関係性を深めるための条件が、、、、目的と化してしまったとき。。。。。喧嘩は破滅的な結果を残すのだ。

まあ、犬も食わない喧嘩が世の中に溢れることを祈りたいものである。

「仲が良くて喧嘩がないという関係は、相依存において成立する。」