Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

日本の労働生産性

日本人、それってオカシイよ 「過労死」を生む日本企業の“常識”(http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1610/18/news019.html

 ITmediaの記事が、過労死問題について海外記事を引用する形で触れられている。その中で、日本の労働生産性が世界的に見ても極めて低いとエコノミストの記事を引用する形で、時間単位の労働生産性が比較掲載されている(http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1610/18/news019_4.html)。2014年度のG7の1時間当たり労働生産性の平均値が54.5ドルなのに対し、日本のそれは39ドルしかない(アメリカが62ドル)と示されている。為替レートの問題があるので数値としては多少の誤差もあろうが、同様の記事は以前より結構目にする(http://www.huffingtonpost.jp/rochelle-kopp/labor-productivity_b_8865802.htmlhttps://www.nagaitoshiya.com/ja/2015/japanese-labor-productivity-levels/)。主に、日本の労働生産性の低さを嘆くものが多かったように思う。

 記事は、過労死を防ぐために無駄な残業をなくそうという趣旨のものだと思うが、その場合は実のところ労働生産性の国別比較自体にはあまり関係ない。労働生産性が低いのだから、無理して残業することに意味がないというのは若干論理が飛躍している。もちろん、日本の慣習として意味のない残業が横行しているのは改善すべきポイントだとは思うが、そうであれば生産性を高めるための方法が議論されるべきであろう。
 とは言え、では日本は働き過ぎ(労働時間が長い)なのかと調べててみると、これまた必ずしもそうではない(http://suzie-news.jp/archives/7214)。日本は長い方から15番目とされておりOECDの平均値を若干ではあるが下回っていることになっている。現実にはサービス残業が多いという声もあるだろうが、今の時代全ての企業で蔓延しているわけではなく、その影響を考慮しても労働時間が世界最高レベルにならないだろう。

 とすれば、GDPが低いということになる。確かに、一人当たりGDPを見ると日本は決して高くないというかむしろかなり低い(http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpdpc.html)。記事によると2015年に世界では26位となっている。ドルベースのため、為替が影響するが仮にそれを考慮して1.2倍としてみても22位までしか上昇しない。
 これは、日本の名目GDPがここ20年ほど全く上昇していないことが大きな理由である(http://ecodb.net/country/JP/imf_gdp.html)。世界的な比較を見ても日本の停滞は大きい(http://www.garbagenews.net/archives/1335765.html)。

 総量としてみた場合、GDPが伸びないのは労働生産性が低いからとは必ずしも言い切れないような気がしている。一つに、非正規職員の増加が生産性の総量を押し下げているという考えがある(http://toyokeizai.net/articles/-/99266)。特に、最近では企業側の正規職員雇用の希望は高いが、必要な人材が集まらないために非正規雇用を利用しているという声もあるようだ。それは、いまだにバブル崩壊の影響から抜け出し切れていないと言うことでもあろう。
 他方で、長引くデフレにより物価の上昇が抑えられているというのも見逃せない(http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je13/h05_hz010222.html)。毎年、他国の物価が日本より2%上昇するとすれば20年で物価は約1.5倍になる。乱暴な話だがGDPもそれだけ増加し、実質の労働生産性は上昇しなくとも見かけ上の労働生産性は向上していく。
 要するに、単純に給料も物価も両方上がれば労働生産性は高くなるのだ。これは、労働生産性が必ずしも給料の高さや人々の幸せを代弁する指標ではないことを示している。

 とは言え、現状の日本が最高の状況である訳ではない。理想は緩やかな成長が続くこと。毎年少しずつ給料が上昇すれば、物価も同様に上昇しても心理的には満足感を得やすいものである。逆に現状の日本は物価がほぼ横ばいで給料もそれほど上昇しないという状況にある。
 欧州に行けばわかるが、昼食が2000円近く必要だと考えると日本人の現状の感覚から言えば高すぎであろう。本来なら国際的なバランスからすれば日本の物価はもっと上昇していてもおかしくない。バブル期には世界有数の物価の高い国であった日本が、今ではなんでも安くて暮らしやすい国と呼ばれているのだから(http://www.huffingtonpost.jp/tabizine/japan-france-prices_b_8041770.html)。

 日本のGDPが伸びない理由として様々な説明がなされいるが、政府が躍起になって物価上昇を狙っても動かないのだから正確な理由は明確になっていないと考えた方が良いだろう。人口問題、国民のマインド、バブル崩壊の後遺症、様々な要因が複合していると思う。
 だが、上述の通り労働生産性GDPや上昇や為替により大きな影響を受ける。すなわち、それの向上を目的とするのは必ずしも正しいことではない。と言うのも、日本は世界で最も成功した社会主義国と言われているように、富を国民全体で上手く分配している国である。アメリカのように貧富の差が大きなところではない。中国は更に輪をかけて激しい状態である。
 富を分けるということは、ワークシェアがなされているということ。平均値としての生産性の低さはその証拠でもある。

 もちろん、日本の実質的な労働生産性を向上させた方が良いのは間違いない。それにより生れる時間を、豊かな生活に回せば生活の質が高まる。だが、労働生産性向上のみを考えたならば、少人数で短時間に仕事をこなす方が良いことになる。IT化の進展により人の仕事を機械が奪いつつある現代では、人員を最小化するほどに労働生産性が向上する。
 企業からあぶれた人たちが、新たな仕事に就きあるいは新たな仕事を産み出すことができれば、社会全体のGDPは向上し良い方向に進む。しかし、それは本当に可能なのだろうか?その先に割りの良い仕事があるのだろうか?

 近年リストラされた人たち(特に中高年)が、それなりに満足できる仕事に就くことは非常に難しい。労働生産性の低い仕事しかないのだ。では、そういう仕事は全て海外(あるいは移民)に任せて統計から省けばよいか。もちろんそんなことはあるまい。
 もう一点、失業率が高ければ労働生産性が高まるという話がある。労働生産性は、「GDP/就労者数」で求められ失業者はその分母には含まれない。日本の失業率が3%でアメリカの失業率が10%とすれば、それだけで労働生産性にはおよそ7.7%の差が生じていることになる。決定的な要因ではないが、失業者数が多いほど労働生産性が高くなるというのもおかしな話であろう。

 労働生産性の高さは、給与を下げずに労働時間を短縮するという意味では効果を持つ。しかし、労働時間がかなり短縮されている日本においてはその意味は若干低下している。次に、一定の労働時間で高い給与を得るという考え方もある(企業が出すかどうかは別にして)。だが、日本の評価は生産性のみでは判断しがたいと、実労働時間をもって評価する状況がまだ多くの残っている。だからこそ、無駄とも思えるような残業がはびこっている。
 あるいは、正規の給与が安いため残業により稼ごうという流れもあるだろう。これまた、残業前提で業務を設定している企業側の考えもある。

 あと、日本でも大企業は一定の労働生産効率があるが、中小企業のそれが低いことが最も大きな問題とも言える。企業数では99%、労働者数で約70%を占める中小企業ではあるが、製造業の付加価値額では50%を切っている(http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/h23/h23/html/k211100.html)。
 日本の労働生産性を議論する時、大企業ではなくむしろ中小企業に焦点を絞らなければならない。大企業の平均値では910万円/人の付加価値額が、中小企業では約525万円/人に過ぎないのだから。そんな企業が職員給与を大きく上げることなど考えられないではないか。自然とパートを活用した単純作業中心の流れになり、さらに労働生産性が下がるという負のスパイラルに陥っていく。

 想像するに、日本では中小企業が生き延びるのに汲々としているということなのだろう。この状態を抜け出すためには、中小企業が儲からなければならい。だが、それはIT化などで人員削減をすることで行っても意味がない。あぶれた人は、別の中小企業に移動するか失業者として数字上カウントされなくなるだけなのだから。

 こうした状況をなんとなく俯瞰していくと、労働生産性を上げることが日本の景気を改善するといった論調には正直首肯しがたい感覚を抱く。ゴミを他者に押し付け自分だけを綺麗に見せる姿にダブる。企業として正しい行動ではあっても社会全体としては合理的ではない。所謂「合成の誤謬」と呼ばれる現象だ。
 だとすると今後も様々な改善点はあるとしても、少なくとも労働生産性の低さのみを理由にして嘆く必要はないように思うのだ。