Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

国立競技場問題の元凶は文部科学省

 新国立競技場の施工費用が問題となっている。まず、今さら間に合わないという意見は無視してよいと思う。間に合うが、通常の手続き(再度のコンペ開催など)では間に合わないということだと思う。設計に1年、施工に2年半と考えれば合計3年半で完成するわけだから、今すぐに新たな案を決めることができれば、よほど特殊な計画でなければ2018年度末には間に合わせることができるだろう(http://agora-web.jp/archives/1648118.html)。
 ザハ案のデザインに関してはここで取り上げるつもりはない。ただ、私が計画を見直した方が良いと考える一番の理由は、今後の展開次第では現在受注しているゼネコンが逃げるのではないかという懸念からきている。一部ではゼネコンが暴利をむさぼっているというような意見も見られるが、私はリスクコントロールも含めてそれほど無茶なことを言っているのではないように考えている(初めてのチャレンジには想定外がつきものであって、そのための費用を上乗せするのはある意味当然である)。

 元々、根本的な原因はこのコンペを取り仕切ったJSC(http://www.jpnsport.go.jp/)にプロジェクトを仕切る能力がなかったということがあろう(http://diamond.jp/articles/-/74806)。審査委員長だった建築家の安藤忠雄氏に責任を押し付ける動きも加速している(http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2537287.html)が、彼に全てを押し付けるのはおかしな話であろう(http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/11/new-national-stadium-tadao-ando_n_7774944.htmlhttp://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/161670)
 そして、JSCを使ってプロジェクトを推し進めたのは文部科学省である。本来、巨大な建設工事関係については国土交通省が十分なノウハウの蓄積を持っている。文部科学省もある程度の施設(文教関係)は手がけてきているが、これほどのプロジェクトを差配できるかと言えば少々怪しい。
 もちろん、今回ほど注目を集めていなければ内々のトラブル処理で終わらせていたかもしれない。ただ、縦割りの弊害というよりはこれほどのプロジェクトを文部科学省が取り仕切ったという実績を誇示したかったという面が強いのではないかと思う。

 さらに、現時点で安倍総理も間に合わないと答弁している(http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/10/new-national-museum_n_7774166.html)が、総理は専門家ではないため詳細は文部科学省からの報告により判断している。
 現在問題となっているのは、現状案における施工費用の高さである。当初1300億円と見積もっていたものが、現在では開閉式の屋根を含めると倍以上の3000億円程度となってしまった。コストアップの責任は当然設計事務所側にもあり、コストを無視した提案の方がコンペを勝ちあがりやすいという内在する問題を抱えている。ザハ事務所はデザイン事務所であり、デザイン以外のエンジニアリング部門は日建設計・日本設計・アラップ事務所などのフォローを受けている。
 ただ事務所規模としては明らかに大きなこうした組織事務所は契約上は下請であって、ザハ事務所に対する履行責任はあろうが直接的な責任を負うことはない。コンペ時点では他の提案者の技術サポートも複数行っており、コストコトロールまで対外的には責任を負っていない。

 コンペにおいては、本来工事費用も重要な選定条件となるべきもののはずだが、現実にはそれを担保できるほどの能力は設計者側にも発注者側にもないことが多い。コンペの審査員には大学教授や有名建築家などがつくことも多いが、彼らもコストを見極める能力はそれほど高くない。それは、コストをはじき出すような仕事を経験していないからだ(過去の事例からおおよそのことはわかる)。
 それ故に、コンペ終了後にコストに合わせるための変更が行われたり、あるいは予算の増額が図られたりもする。本来、コストコトロールは発注者が責任を持ってすべきところではあるが、その能力を持った者があまりに少なすぎるというのが問題と言えよう。

 さて、国民からお金がかかり過ぎだという声が高まれば、更なる予算圧縮案が今後検討されることになるだろう。しかし、これまで作ったことのない新たな建築物には不確定要素が多い。だから、現状案では容易に建設費を下げられるものではない。
 現在も必死に実施設計が進められており、それがある程度見えてくればより詳細な費用を算出することも可能になるだろうが、だからと言って半分にまで下がることはありえない。結果的に、根拠なく予算のみを圧縮するようなプレッシャーが掛けられれば、ゼネコンも国家的プロジェクトだから参加したいという誇りだけでは耐えきれなくなる可能性がある。

 結局のところ、コンペの開催体制がずさんであったということに尽きる。その上で、計画案の見直しはまだ十分可能である。もう一度考えてみるべきではないだろうか。