Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

国境なき医師団

 書き出した時より少し時間が経過してしまったためタイミングを逸した感じもあるが、アメリカにおいて国境なき医師団として西アフリカから帰還した医療関係者の扱いについて様々な意見が出ていた。そして、このことを巡る議論自体は今も続いていると言っても良い。

国境なき医師団、隔離措置に反発 エボラ対策、米各州が外出禁止(http://www.47news.jp/CN/201410/CN2014103101001519.html

 事の起こりは、先日スペンサー医師が帰国後エボラ出血熱を発症した(http://jp.wsj.com/articles/SB12072851737206304029704580239192820371582)ことから始まる。現実に西アフリカの医療関係者は数百人単位でエボラ出血熱に罹患していること、スペンサー医師も帰国時点では陰性と判断されていたことなどもあり、国民の間で恐怖感や問題意識が広がっていたとしてもおかしな話ではない。
 世論に敏感にならざるを得ない州政府は、迎合的かもしれないが厳しめの措置を決断する。そして、いくつかの州は国境なき医師団等に参加して西アフリカ地域から帰国した医療関係者を、一定の期間(21日間)隔離して経過観察をする方針を打ち出していた(http://jp.reuters.com/article/jp_ebola/idJPKBN0II0AP20141029)。
 こうした措置に対して医療支援団体は大きく反発(http://jp.reuters.com/article/jp_ebola/idJPKBN0IJ2W120141030)し、またアメリカ政府やCDCも隔離そのものには否定的である(http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPKBN0IH0GF20141028)。州政府側も、隔離期間中の給与補償など多少は歩み寄りの姿勢を見せていた。
 ちなみに、米軍は隔離を行うことを決定している(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141030/k10015811301000.html)。政府としても本当は隔離と言いたいところではあるが、反発やこうした措置の広がりが悪循環を生むことを畏れて言い出せない状況ではないかと推察する。国連も事務総長が隔離措置を非難している(http://www.afpbb.com/articles/-/3030104)が、科学的判断に伴わない感情的な行動を非難するのは正しいと思うが、こう言わざるを得ないポイントがあると考えても良いだろう。
 このことについては、既にWHO担当者も語っている(http://www.asahi.com/articles/ASGC1323JGC1UHBI00T.html)。

 今回、措置に反発した看護師(ケイシ・ヒコックスさん)が要請を無視して外出したことで、具体的に大きな議論が巻き起こった(エボラ治療の看護師、自宅待機要請に反発し外出:http://www.yomiuri.co.jp/world/20141101-OYT1T50003.html)。
 論点は明白で、隔離措置に賛成なのはエボラの危険性を強く意識している人たちで、医療関係者がこれに反対するのは人権そのものよりも、今後の派遣できる人材確保のためであろう。看護師が人権を理由に反発したという事実はあるかもしれないが、医療支援団体としてはただでさえ不足気味な現地に赴く人材が確保できなくなることを畏れていると見える。ちなみに、裁判所はこの看護師の言い分を認めて隔離措置を認めない(外出を認める)決定を下している(http://www.cnn.co.jp/usa/35056010.html)。
 ネット上では、人権がエボラの危険性をばらまくと言った感じで書かれている意見も見受けられる(「見境なき医師団」という侮辱の言葉も出ている)が、ポイントは人権とエボラ蔓延の危険性対比の問題ではなく、アメリカにおけるエボラ拡散と西アフリカにおける封じ込めの比較ではないだろうか。

 ただ、本格的な封じ込めのためにアメリカや中国は軍隊を送り込むことを計画(http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPKBN0IK0WQ20141031)し、あるいは既に実行(http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL3N0RI08B20140917)している。仮に今後更に大規模な国際的な活動が広がり各国政府が主体となって医療や現地医療施設開設のための人材を送り込むことができれば、国境なき医師団(MSF)の優位性が低下するのもまた事実であろう。
 このあたりが気になって、国境なき医師団(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%A2%83%E3%81%AA%E3%81%8D%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E5%9B%A3)について調べてみた。

 国境なき医師団(MSF)の設立は1971年(http://www.msf.or.jp/about/)とされており、日本事務局も1992年に発足していることがHPよりわかる。2013年は3万6000人以上の海外派遣スタッフ・現地スタッフが、約70の国と地域で活動を行ったと書かれている。
 今回のエボラ出血熱のエピデミックに際しても早い時期から現地に入り、医療行為に関わってきた。組織の活動はほぼすべて寄附により賄われており、それ故に個人あてに寄附依頼の郵便物が届くことがあるようだ。このことを訝しむ質問がネット上では散見される(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10108693325)が、同様の行為はユニセフに関連する団体など(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1194748541)も行っているようだが、その賛否はここでは考えない。

 ちなみに、1999年に国境なき医師団ノーベル平和賞を受賞している。災害地域、貧困地域や紛争地域にも飛び込んで医療行為を行うことは常に危険や困難と隣り合わせの行為であって、その精神は尊敬に値すると私も考える。ただ同時に一部から批判的な声が上がることもあるのは、医療行為と同時に現地の状況を世界に伝える「証言活動」を掲げる10の原則の2番目に置いていることであろうか。
 この証言活動は、一般的なニュースの中に埋もれてしまいがちな世界が有している悲惨な現状を知らしめるという意味で貴重な行為であるのは間違いない。憲章の中では『人種、宗教、信条、政治的な関わりを超えて差別することなく援助を提供する』とあるが、それが逆に意図せず政治的な意味を帯びて受け取られることはあるかもしれない。

 今回の西アフリカにおけるエボラ出血熱問題でも、既に2014年3月より現地入りして医療活動を始めている(http://www.msf.or.jp/news/detail/headline_1156.html)。ネット上でエボラ出血熱の広がりが取り上げられ始めたのは私の記憶では5月頃よりだったと思うので、本当に素早い対応である。少なくともここまでの機動性はWHOやそのほかの国々に期待できるはずもない。
 参加する人たちは様々であるが、日本事務局によれば給与は月15万円程度(http://www.msf.or.jp/work/termsofemployment.html)となっており、非常に厳しい活動であることを考えると偽善的な志では対応できるものでもなかろう。
 私が調べた感想では、一部にその偽善性を訴える声もあったものの、それ以上に意味を持つ活動であり決して見下すべきものではないように思う。また、調べた限りでは中立性は保たれているように見える。

 さて、それでも今回のエントリの発端となった西アフリカ活動後の行動については、やはり個人的には釈然としない。医師団としての活動が崇高であることと、国内の危機感(国民感情)を両立させることは求められるであろう。明らかに感染がないことが証明できるのであれば構わないが、少なくとも現時点それが困難な場合には社会に与える影響は小さくない。
 もちろん給与・あるいは雇用保証等を行わなければならないだろうが、一定の不安解消策は避けては通れない。あるいは現状以上の科学的根拠を示すことで客観的資料を積み重ねることも必要であろう。少なくとも福島原発事故の時以上に今回は詳細がわからず感染に関する根拠も不明な部分が大きい。
 こうした根拠を示すのにも限界はあるが、あくまでも個人的感想としてもう少し配慮は必要かも知れれないと思う(それでもこの言い分は「放射脳」と同じ流れにあることは理解している)。ボーダーラインの設定こそが何より重要で、その根拠が人権で設定できるのかという問題が提起されている感じである。

 政府やWHOが「問題ない」とする一番の理由は、現地荷重婿人員確保があるだろうし、国境なき医師団についても同じことが言える。現地で困難な作業に従事して、国に戻れば問答無用で21日間まるで犯罪者のように拘束されるというのは感情的に納得できないという面もあるが、それ以上に今後の人員確保に支障をきたしかねない。これはまさに分水嶺を迎えようとしているエボラ出血熱の蔓延防止に良い働きをするものではない。
 先にも書いたように世界中の国々が医療関係者やそれを補佐する従事者(場合によれば軍隊)を派遣し、秩序だった対応ができれば役に立つのは間違いないが、国境なき医師団としてはそれを信用しきれないという面が少なからずあるだろう。
 そもそも国境なき医師団が活動する主因は、こうした国際的な体制が機能していないからなのだから。ただ、その上で敢えて言えば、それでもエボラ出血熱を他の国に広める役割を果たすことがあってはならない。これもまた国境なき医師団の崇高な使命だと考えれば、各国の国民を安心させる手立てを考える必要もあるのではないかと思う。