Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

大きすぎて潰せない

 グローバル企業の実質的な脱税に関して、G20などで議論が続いている。利益をタックスヘイブンにある子会社に集め租税を回避したり、様々な手法で税逃れを行っていることは企業論理が国民国家と乖離している現れでもある。国家の威信を背景に企業活動で利益を上げながら、必要な負担を負わないというのは公平の観点からも認められるものでは無い。
 しかし、別の観点からもグローバル企業は利益と損失の不均衡による利得を得ている面がある。それが、企業規模の拡大による問題である。最初はそれを意識してスタートしたものでは無いかもしれないが、企業規模が大きくなるほどに倒産時の社会に与える影響が馬鹿にならないレベルとなり、容易に倒産させることができなくなるということである。

 それはすなわち、社会混乱を引き起こしたくない政府による規定のないバックアップを引き寄せる。大企業が中小企業よりも優遇されると考えられている要因の一部を、より大きく拡大した形になっている。国家としては、個人レベルでの国民の所得を充実し雇用を確保してくれる企業は、法人ではあるものの重要な国民の一部である。しかし、グローバル企業の場合にはかならずしもこうした国家貢献が十分ではないかもしれない。それにもかかわらず関連する金融的な混乱、例えば多くの金融機関への貸倒金の発生やそこから来るその他の債権の回収などが考えられる。多くを借りて多くを返す仕組みは、低成長時代の金融機関にとってもおいしい投資先ではあるものの、規模が拡大するほどに潜在的なリスクは増加しているにもかかわらず逆に心理的には倒産させられないだろうという安心感を感じさせている。

 しかし、このスタイルには必ず限界がある。スーパーや電器店の出店攻勢でもそうであるが、新規出店をどんどんと継続する間は収益も向上して借入金や利子の返済にも対応できる。しかし、それが一旦ストップすると大いなる没落が待ち構えているという事例を私たちはいろいろな場所で目にしてきた。もちろん、一社の没落は他社の成長に置き換えられるが、それがワールドワイドになった場合にはスーパーなどの国内の限定的なケースと同列にみなすことはできない。一種チキンゲームのような拡大競争が現在も継続しており、その担保が潰せないことだとすれば少々背筋が寒くなる。
 確かに企業としては自らの成功のために最大限の努力をすることは全くおかしな話ではないし、そのために政府などに働きかけるのも行動原理としては至極まっとうである。ただ、その地位が特別だと思い込むことには同意しかねる。

 企業には自由があり、利益を得ることは否定されることではない。ただ、同時に企業は法人と呼ばれるように国家における国民である以上、企業なりの国民尾義務を果たすことは当然求められる。節税は企業努力として許されるが脱税は許されない。そして、これは法律制度として守るのみならず国民倫理として守らなければならないことである。
 ところが企業のグローバル化はこの義務感を曖昧にする。世界を股にかけるが程に日本という国を思い出し日本人でいるという意を強くする人もいれば、逆に日本の良いところだけを利用しようという人もいる。私のイメージ論かもしれないが、新興の世界に進出しようとする企業には後者のイメージが付きまとっている。これは、日本の今の地位を作り上げてきたという自負心を持たないからではないかと想像している。
 こんなことを言えば「そうではない」と否定されるかもしれない。また、今の日本の地位を最大限利用して世界で成功することは別に悪いことではない。ただ、最後は日本という国から出でたものが日本を意識し日本に貢献する。それを望みたいのである。

 国家や民族にそこまでの価値はないと言われればそれまでなのだが、私は日本の良さを信じたいし日本企業だからこそできる面を応援したい。さて、だからこそ日本という国に仇なす脱税行為は罰せられるべきであると思うし、同時に大きくて潰せないだろうと無言のプレッシャーを与える動きを利用することには危惧の念を抱いている。