Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

中毒

中毒という言葉は、結構社会の多岐にわたって用いられる。英語では ADDICTION なのだろうが、・・・HOLLICと使われるものも該当するし、中毒者はJUNKIEとなる。別に、どういう言葉で表現するかを問題にしたいわけではないが、中毒には重い症状を意味するものから軽いイメージを扱うものまで存在する。
悪いイメージに用いられやすいが、何かに熱中するというのも一種の中毒症状と言えなくはない。例えば、ジョギングなどを始めて一定期間続けると、今度はそれを行わないことに対するストレスが貯まり始めたりもする。これらの状況についてはどちらかと言えば中毒と表現されることは少ない。むしろ何かに熱中すること自体は好意的に捉えられることも多い。良いか悪いかは別にして中毒のイメージが軽いものは、その状況から抜け出すのが比較的容易であるものの場合であり、それは主に感情的な熱中が主体のものとなる。恋愛もある意味で言えば中毒に相当するだろうが、だからと言ってネガティブに捉えられるわけではない。
一方で、その状態から脱することが非常に困難なものは重い中毒として、社会的にも問題視される。麻薬中毒アルコール中毒、あるいは宗教などにどっぷりとつかってしまうことも一種の中毒と言えるだろう。社会的に忌避されるのは、この中毒により一般的な社会生活まで大きな影響を受けるような状態である。

中毒症状とは、それを引き起こす原因が強ければ強いほど抜け出しにくいが、それが外的に与えられなければならないものであればその要因を取り除くことで回復する。ただ、精神的に外的要素に依存してしまった場合には一気に難しくなる。麻薬などは肉体的に中毒症状を生じさせるものだと捉えられがちではあるが、私は精神的な問題の方が大きいのではないかと思っている。もちろん、過度の摂取をすれば肉体的なダメージも大きいのは確かであるものの、多くの場合いきなり肉体的な障害が出るほどの中毒症状に至るわけではない。精神的依存が積もり積もって脱出するのが難しい状況に至るケースが大部分である。

中毒になってしまう理由としては、刺激を受けることが安定であると脳が認識してしまった状態ではないかと思っている。本来安定状況とは刺激があまりない状況を意味するが、逆に刺激がある状況が安定だと認識されてしまうことである。すなわち、中毒とは刺激が安定と錯誤されている状態ではないか。そこに至る理由としてはいろいろなパターンが考えられる。
例えば、特定のストレスを別の刺激によって上書きして消し去ろうとする行為などは、まさに刺激を定常化させる行為と言えよう。こうしたことを理由に中毒症状に陥るケースは非常に多い。
あるいは、刺激の少ない日常に飽きることを原因として特別な刺激を得ようと中毒症状に陥ることもある。この陥る中毒が比較的良性のものであれば問題はないのだが、薬物や過度の消費など生活を破滅させかねない内容だと問題は大きい。
どちらにしても、何らかの刺激を受けていないと安心できないという精神的に自らを追い込んでいる。いや、刺激に身を委ねるという状況に追い込んでいるとも言えるだろう。

それは、本来は逃避から来ていたもののはずである。逃避のために用いた道具に逆に囚われる。囚われながらもその刺激に一種の安定を感じてしまう、そこが中毒の最も恐ろしいところと言えるだろう。
よく、駄目な男性ばかり選んでしまう。。。何て話も聞くが、おそらく安定した男性では自ら望む刺激を得られず我慢できなくなるのではないか。結局のところはその状況が常態化してしまっているという意味において一種の中毒とも言えるだろう。

「中毒は無意識を理性によって抑制できないが故に発生する。」