Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

バスに乗り遅れるな論

 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%A9%E6%8A%95%E8%B3%87%E9%8A%80%E8%A1%8C)に欧米各国が参加の意向を示したこともあり、一部メディアでは日本も関与すべきであったとの報道が続けざまになされた。主に朝日新聞毎日新聞などリベラル系のメディアからの声が強い。
 一方で、産経新聞や読売新聞など保守的な言論機関は慎重論を唱えているようにも見える。

日本は中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた(http://diamond.jp/articles/-/69452
アジア投資銀 国際金融秩序の転換か(http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015033102000149.html

 こうした議論はよく「バスに乗り遅れるな」という言葉を利用して、先行者利益を得るべきだという流れとなり伝えられる。確かに、TPPの場合には全てのマスコミがその声を大にして応援しておりまさしく一枚岩だった様に記憶している(一部の個人的な反対は除く)が、今回は意見が割れているのが特徴的であろう。
 一方で慎重な態度で接するべきと言う論調も決して少なくはない。

中国投資銀、日米不在で“2流格付け”濃厚 資金調達に重大欠陥(http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20150401/frn1504010830001-n1.htm
AIIB:「参加すべきか」元IMF副専務理事こう考える(http://mainichi.jp/select/news/20150331k0000m020092000c.html

 慎重論が社説では積極論を掲載している毎日新聞にあるのは、なかなか多様な意見を載せているという意味で個人的には好感触でる。私の知る毎日新聞記者も、ある意味で無秩序なのが毎日新聞の良さであったと聞いた記憶があるが、最近ではどうなのだろうかと思うことも少なくない。

 さて、ネット上で見られるいろいろな意見を見ていると「バスに乗り遅れるな論」はどちらかと言えば情緒的であるように見える。参加するメリットが現状においてかなり不明瞭であるにも関わらず、逸失する(可能性がある)利益を強調している感じがするのだ。
 確かに「可能性」のみについて言うならば、多少の損をすることはあるかもしれない。しかし同じ不確実性を考慮すれば、見込める利益と損失では損失の方が大きいように見える。それは先にもあげたリンクにあるように、資金調達上の問題やADB(アジア開発銀行http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E9%96%8B%E7%99%BA%E9%8A%80%E8%A1%8C)との棲み分け問題があるだろう。
 具体的な内容は、上記に示したリンク以外にも様々な情報がでてきているので参照していただけるとありがたい。

 私が問題としたいのは、この「バスに乗り遅れるな論」を適用すべき場合と適用すべきでない場合の境は一体どこにあるのだろうかと言う点にある。先行者利益を確保したければ、最も有利なのは発起人になりルールや仕組みを作り出す側に入ることである。今回も、創設メンバーに入ることがそれに該当するかと言う点が最も重要である。
 私自身具体的な情報を十分持っているわけでは無く、あくまでメディアなどが報道する情報のみを見る限りにおいて、今回のAIIBは本当にルール作りに関与できるのかが不明解であるように感じる。それは、この銀行の設立目的が中国の国際的な発言力を高めるためであろうことが予想されるからである。誰も、善意において中国がこの計画を持ち出したという人はいないと思うがどうだろうか。

 そして、近い時期に日本と中国は日本と韓国がかつて(現在も)そうであったように同種の経済スタイルで争う時代が来るであろうと私は予想する。中国は世界の工場では儲からないことを十分理解した。だから金融を通じて世界(他のアジアの発展途上国)から利益を上げ発言力も向上させ、場合によっては他国から集めた資金で中国自身にも投資することを考えているのではないかと思うのである。
 一部にはドル体制への挑戦と言う意見も見られるが、今はシンパづくりの一環として計画を持ちかけているように見ている。アフリカへの投資なども同じように行っているが、正直私が見る限りあまりうまく行えていないようにも見える。自国利益追求の姿勢が過ぎるからなのではないかと考えるがどうであろうか。

 AIIBの目的が、ADBでは融資対象にならないような回収可能性の低い物件にも手を出そうとしているのは明らかであろう。同じようなレベルの案件であれば競合するが、競合については中国が明確に否定している。欧州の参加の形についてもこれからどうなるかはよくわからないが、基本はリスクを中国に負わせて利益を得たいという思惑が透けて見える。中国が未だにアメリカや日本に秋波を送っているのは、結局のところリスクを押し付けられる相手を探していると言っても良いのではないか。
 一部の識者は、まず参加して都合が悪ければ途中で抜ければよいと言うが、実際には一度参加すると日本の場合には抜けることが容易ではないという面もある。一つには失敗の責任を負わされてしまうという面があり、あまり考えたくはないことだが日本はその標的として最も適任であるのだ。もう一つは国民性もあろう。少なくとも、これまできちんと参加した後に途中下車した事例は多くないはずである。
 欧州はこのあたりが上手い。国際的に堅実さと信用を売りにしてきた(逆にそうせざるを得ない)日本としては、バスから飛び降りるのは少々ハイリスクな賭けではないだろうか。ユーロ危機の時に、バブル崩壊後の日本が欧米の禿鷹に食い散らかされたように日本も振る舞えばよいと感じたことがあったが、結局日本にはそれはできなかったのだから。

 リスクを明らかにせずに情緒的に参加を奨める(参加しないことを咎める)報道は、正直なところ問題を軽く見過ぎているように思える。「バスに乗り遅れるな」というのは、見方を考えれば主導権を取れなかったから最低限損失を少なくしようという論理でもある。
 しかし、どんな場合であっても慌てて物事がうまく運ぶためしはない。TPPの場合でも、最後の駆け込みではなく議論をリードできる状況になるという勝算があったから最終的に参加したのではないか(私自身は現時点でも本当に日本にとってメリットがあるとは思えないが)。
 リベラル系の新聞やメディアは、正直中国が内包しているリスクを軽視し過ぎているというのが私の抱く素直な感想である。あまり危険を煽れば良いというものではないが、リスク不感症になるのはもっとっ怖い。
 確かに、利益はリスクに対するリターンと言う面はある。しかし、それを言うのであれば皆が参加するからではなく、皆は参加しないがメリットがあることを確信して動く方が重要である。

 中国がこのような投資銀行設立に動いている理由は、何も積極的にアジアにおける影響力を高めようとしているとは限らない。国内投資に行き詰まったからこそ、新たな成長中期であるアジアを実質的に国内投資と同様に取りこもうとしているのであれば、これは前向きと言うかむしろ後ろ向きの戦略であるかもしれない。
 もちろん明確な証拠があるわけではないのだが、中国の場合には国の規模と抱える人口が大きいことと、政権内部の情報があまり漏れてこないことから、無軌道な戦略が大きな野望として認識されているケースが多いように感じている。

 今必要なのは、情緒的・感情的な煽りよりも理知的な思考と対策ではないだろうか。少なくとも皆が参加するからと言って、それが必ずしも良いとは限らない。また、囲い込みになるものでなければ多数が参加するということは、得られる利益が少ないということでもある。
 皆で渡っても危険な橋は落ちる時は落ちる。だから、乗り遅れることが問題なのではない。その評価を確実にすることが重要なのであり、それが十分に行えない場合にはバスに乗り遅れても良いのである。