Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

認知症パニック

 社会の高齢化については、社会保障費の増大が言葉は悪いが国家運営の足枷となりつつある。高齢者が増大しても政府支出に大きな影響が出なければ今日ほどの重大な問題とはなりはしない。何も高齢者を切り捨てろと言っているのではない。私も遠くない将来高齢者の仲間入りをするだろうし、その時に安らかに暮らせればそれに越したことはない。
 しかし、高齢者の人口増による医療費や介護費用の増大は言われてきたものの、その中身が何により増大しているのかは今一つピンと来なかった。そこに、一つ情報が飛び込んできた。認知症の高齢者の大規模研究の結果である。もちろん、すべての数を調べるような国勢調査的なものではないが、これまでの推計の精度を大幅に高めるもののようだ。

認知症高齢者462万人、新推計で160万人増(http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20130531-01602/1.htm

 これまで認知症高齢者の数を具体的に調べたことがなかったので、考えてみれば大変な数だということがわかる。現在、65歳以上の高齢者の数が3080万人。そのうちの15%が(462万人)認知症であるのである。6人に1人という状況だが、その予備軍である軽度認知障害(MCI)の高齢者も推計約400万人だという。軽度認知障害はそのうちの約48%が4年以内に認知症に移行すると言われているようだ(http://apital.asahi.com/article/kasama/2013030600003.html)。軽度認知障害は、記憶などに低下をきたしてはいるが日常生活を送る上では障害がないというレベルの人のことである。

 認知症の高齢者を家庭内で介護するのは容易なことではない。その苦労については様々なところで語られているのでここでは話題としないが、軽度認知障害を加えた高齢者の数は約860万人であって、全体の28%に及ぶ。割合でいえば3.5人に1人ということになる。これは考えてみればぞっとするほどの数ではないだろうか。また、認知症となっている割合は全体的に女性の方が男性よりも高い。特に85歳を超えたあたりからは差が顕著となる。女性の方が寿命の長いことを考えても大きな問題でもある。

 このあたりの問題を見ていると、医療関係についても予防医療が重要視され始めているように、高齢者についても認知症にかからないように老後を送る方法が今以上に推進されることが望ましい。アルツハイマーなどの病理的な認知症進行もあるので一概には言えないが、生きがいが続くことは重要と考えられている。この生きがいは、単純に趣味ということではなく、社会におけるポジションが与えられていることではないか。加齢による能力の低下はあるものの、高齢者にもできることは少なくない。
 足腰が弱って動けなくこともあろうが、これにも補助装置などが既に開発され始めている。社会における、あるいは家族における役割があるということが認知症の予防には大きな効果を及ぼすのではないかと思うのだ(http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324182504578514063724845132.html)。

 これは単に医療分野としての取り組みではなく、社会全体における取組でなければなしえない。さて、上記のデータで女性の方が認知症の割合が高いというものがある。何故このような形になるのであろうか。明確な調査結果に基づいたものではない推論だが、高齢の女性の方が生きがいを見出しにくい面があるのかもしれない。男性は会社などを通じて社会との接点を持ってきた経験を生かしやすいが、特に家庭において頑張ってきた女性の方がそのあとの生きがいを見つけにくいというのがあるのかもしれない。だとすれば、考えるべきは高齢女性の生きがいをいかに社会として生み出すかではないだろうか。

 極論になるかもしれないが、体が動くなら一生なんらかの形で働き続けてもらう。これが理想の社会の姿なのかもしれない。いや、多少なら機械などを用いて補助できる訳なのだから運動機能の低下はこの際問題ではないかもしれない。こき使うのではなく、働いていただく。そして、一定の収入を稼ぎ(仮にそれが行政からの資金であっても)続ける。そのためには、高齢者ができる仕事は高齢者に回すという仕組みをもっと充実していく必要がある。労働人口年齢を高齢者側にシフトするのである。
 これが高齢化社会における持続可能な社会の在り方かもしれない。