Alternative Issue

個人的な思考実験の、更に下書き的な場所です。 自分自身で消化し切れていないことも書いています。 組織や職業上の立場を反映したものでは一切ありません。

男子学生の成熟度

 医学部入試における女子学生への扱いが議論となっている(ASCII.jp:順天堂大医学部 女性減点のいい加減な理由 (1/3))。正論としての公平性に関する部分に異論はない。ルールで決めている受験を恣意的にゆがめることは、大学入試としては自己矛盾である。そして、コミュニケ―ション力を理由としたことも拙かったであろう。

 だが、東京医科大学から始まった一連の騒動(2018年における医学部不正入試問題 - Wikipedia)について、医学界からは擁護意見が出ているのも事実である。この問題は、医師という(かなりハードな)資格に女性がどこまで向き合えるかというポイントと、私学の医学部が昔から高額の寄附金により学生を受け入れてきたという社会的背景の二つが存在する。この両者が結び付き、結果的に男子優遇を恣意的に行うことが行われてきたのではないかと思うが、今回はその問題には踏み込まない。

 私が最も気になっているのは、男子学生の成熟度の低さである。毎度のことながら、統計的なデータでは個人的な経験や印象による考えであることを先に謝罪しておく。実は、就職活動においても同じような経験をしている人が多いのではないだろうか。それは、採用側においてもそうだし、就活をしている学生においても同じである。

 採用試験を行って分かるのは、女子の成績が非常に高いことである。入社試験だけでなく大学時代の成績もそうだし、面接における仕事に対するモチベーションも高く見える。これは、就活において女性の方が不利とというイメージを受けてのことかもしれないが、女性の方が一般的に真面目で努力家な人が多い。個人レベルでは優秀な男子学生いるが、群としてみると女性優位であるのはよくわかる。ただし、同時に下位群も女性が占め、男性陣はその間に挟まれているイメージが強い。

 ところで、企業側が求めるのは試験前や時点の力ではなく採用後の伸びを含む潜在能力である。就活がピークでは全く意味がなく、むしろ入社後にどれだけ能力を伸ばしてくれるかを問いたい訳だ。ただし、現状の一括採用方式では常にギャンブルになる。他の企業において上げた成果を基に判断するのではなく、日本の大学の成績のみではそれは十分に測れない状況がある。どちらにしても現状の採用システムは、採用側も採用される側もあまり得をする感じはしていない。

 一方で、これも私の古い記憶からの経験則でしかないが、入社後に大きく化ける人の割合は、どちらかといえば男性の方が確率としては高い。もちろん女性でも大きく伸びる人はいるし、男性でも成長が期待に届かない人も少なくない。実際、全体で見て期待値を大きく超える成長を見せる人の割合はそれほど高くない。これまた個人的な感想で恐縮だが、概ね10~15%程度ではないだろうか。そして、期待を裏切って伸びないレベルも同程度。その他は最低限そこまでは伸びてほしいというほぼ期待値レベル(この幅の取り方により上記数値は変動する)。結果として、採用時には前述の医学部入試と同じようなバイアスが働きやすい。成績のみで採用すれば採用枠が全て女性で埋まるというようなケースも多々あろう。もっとも、売り手市場の現在ではそんなこと言ってられないというところも多いと想像するが。

 もちろん、女性の成長に向いている業種や職務、それを支援する環境あるいは周囲の理解や本人の意識など、女性の成長を阻害している理由が数多くあるのも承知している。それらを改善していくことにより差違は徐々に解消される面もあろう。実際、日本以外の国で女性の管理職が多いところはいくらでもあり、逆に考えれば女性の伸び代が大きいと考えることもできる。

 ただ、私が気にしているのは就活時、あるいは大学受験時の男子・男性の精神的な幼さについてである。女子に比べ、男子の方が平均的に能力が劣っているのであれば、こうした差違が出ることも致し方ないであろう。実際、それに近い意見を聞いたこともある。性差により肉体的な能力は平均すると男性の方が高い。その分頭脳労働として女性が優れていることがあってもおかしくない。ただ、私の経験では仕事に関する能力を考えるとき、女性と男性の間にはそれほど差がないと思っている(個人差は除く)。ただ上述の通り女性の意識は二極化しており、上のキャリアを目指す女性の成績は良く、そうでない女性の成績は低い。統計的な結果は男性とあまり差違が無くなる。そして最大の論点は、そのトップランナーに位置する女性が多いということ。

 すなわち、その時点における意識の違いがこうした結果に表れているという仮設である。学生時代は女性の方が自分の将来に対する意識が高く、逆に社会人となってからは男性の方が女性より高い意識を持つケースが多いか、あるいは妥協しなくなる。これは私の感覚から来る仮説なので、なんら証明されているわけではない。ただ、成人するまで(特に低年齢時には特に)は女性の方が精神的成熟度が高いというイメージがあるものの、研究において性差は認められない(社会的成熟度の発達と形成要因に関する研究)とされるものもある。

 幼い頃は精神的な成熟度より、女性の方が男性よりも弁が立つというのも関係しているかもしれない。年齢が進めば知識や論を持って反論可能だが、子供時代には会話の勢いで押されやすい。特に感情的な議論となる時、女性の方がそれを得意としているようにも思う(これも個人差が激しいので絶対的ではない)。だが、今最も気にしているのは意欲の部分であり、学生時代の意欲・目的意識が女性の方が高いのではないかということ。もちろん、近年の女性の意識向上がこの現状を導いているとすれば、時間はかかるが徐々に就職後の状況も変化していくだろう。

 男性の草食化が謳われるようになって久しいが、強い男性像が社会的な地位を失ってきたことが一つの理由に思えて仕方がない。前時代的な父長制へのノスタルジーを言いたいのではなく、男性のアグレッシブさが仕事で発揮されても評価されにくい状況。その必要性を感じ取れない状況。むしろ優しさが賞賛される環境。それが男性の精神的な成熟度を阻んでいるのではないかということ。

 ハードボイルド指向やマッチョ賞賛ではないが、男子学生のアグレッシブさがもう少し評価されるようになってほしいと最近考えている。社会がわざとそれを阻んでいる様にも感じられるのは、少々考え過ぎなのだろうか。